「他にも出来る?」
「少しなら」
 かぶと。風船。鯉のぼり。
 金魚。犬。チューリップ。
 覚えているか不安なものもあったが、手は覚えていた
らしく、あっという間に紙の魚や動物や花が机に並んだ。
「すごい」
 天馬が呟き、ほうっと溜息を吐いた。葵や信助も目を
ぱちぱち瞬き、折り紙と京介を見比べている。
「何も見ないでこれだけ折れるなんて、ずいぶん練習し
たの?」
「昔。兄さんが得意だったんだ」
「優一さんが?」
「病院で、入院患者向けに色々なプログラムがあるんだ。
一時期、折り紙をやっていたことがあって、俺が見舞い
に行くと、よく折ってくれた」
 ──見ててご覧、京介。
 そう言って、兄が色紙を手にすると、そこからは魔法の
ように様々なものが生まれた。
 兄といる時は、体を動かして遊ぶことは出来ない。幼い
弟が退屈しないように、という兄なりの心遣いだったのか
もしれない。
 もちろん、当時はそんなことは考えもしなかったけれど。
 日が暮れて両親のどちらかが迎えに来るまで、ひたす
ら二人で折り紙で遊んでいたこともある。
 大好きな兄といられるのが楽しく、兄が見せてくれる
魔法が大好きだった。
 が。
「──は?」
「え?」
 天馬の声で、我に返った。何か訊かれていたらしい。
「悪い。聞いてなかった」
「他には?もっと何か折ってよ。そうだな、鳥も動物もある
から……」
 あ、と葵が両手を合わせた。
「昆虫は?私、蝶々がいい」
 ある光景が甦って、ちくりと胸に微かな痛みを感じた。
 ──ごめんな。
 兄の白い貌と、くしゃくしゃになった小さな紙の蝶。
「剣城?どうかした?」
 沈黙したままの京介に、天馬が怪訝な顔をする。
 京介は首を振った。昔の話だ。
「多分、折れると思う」
 色紙を三角に折る。丁寧に折り筋を付けて一度開き、
今度は、その筋に合わせて角を折る。
 手を動かしながら、京介は薄れかけていた記憶を辿
った。


 バルコニーに母が置いたオレンジの鉢植えに、いつの
間に産み付けられたものか、芋虫が一匹ついた。兄が
怪我をする、一年ほど前だ。
 兄が図鑑で調べ、アゲハチョウの幼虫だと言った。
「たくさん葉っぱを食べて大きくなって、さなぎになって、
蝶になるんだよ」
 それからは、オレンジが枯れないよう、鉢に水をやるの
が二人の日課になった。
 アゲハチョウの幼虫は、数回脱皮をする。夜中も、眠い
目をこすりながら頭を寄せ合って観察した。
 二日に一度は、どれくらい成長したか、兄が定規で大
きさを測る。読み上げられた数字を、たどたどしい文字で
カレンダーに書き込むのは、京介の役目だった。
 そうして、ひと月。
 幼虫は五センチ近くまで成長し、食べる葉っぱの量も
急激に増えた。
 これ以上増えるようなら、母に頼んでもう一本オレンジ
を買ってもらおうかと相談していた矢先、朝目覚めると、
枝先にさなぎが付いていた。
「一週間から十日でウカするんだって」
「ウカって?」
「蝶々になるってこと」
 さなぎは、上の方の枝の、先端近くに付いていた。
 鳥に食べられてしまわないようにと、父が枝を折って
くれたので、京介は出窓に別の植木鉢を置き、挿して
おくことにした。
 こうすれば、まだ背の小さい京介でも、よく見える。
「ちょっと低過ぎないか?もう少し高いところに置いた方
が良くないか」
 今にも鉢の縁に触れそうなさなぎに、兄は眉を顰めた
が、京介は「大丈夫だよ」と言い張った。
「低くても、蝶々は飛べるんだから平気だよ」
 せっかく目の届く高さにしたのに、高くしたら見えなく
なってしまう。
 数日すると、緑色だったさなぎは枯葉のような茶色に
変色し、中で何かが動いているのが透けて見えた。
 もうすぐだ。もうすぐ、綺麗な蝶が飛び立つ。
 さなぎが割れてアゲハチョウが出て来るのを、どきど
きしながら、京介は待った。
 けれど、アゲハチョウは飛ばなかった。


                           (続く


2012.6.14 up