兄は、まるで魔法使いだった。
 見ててごらん。
 そう言って、色とりどりの色紙を手にすると、たちまち玩具
や動物、魚や鳥、草花、様々なものが現れた。
 かぶと、風船、鯉のぼり。
 金魚、犬、チューリップ。 
 ──すごい!
 ウサギ、にわとり、ヘリコプター。
 ──次は?ねえ兄ちゃん、次は何?
 ベッドに乗り上げるようにしてねだると、兄はまた一枚、紙
を手に取った。
 ──飛行機?
 ──違うよ。
 ──魚?
 ──違うよ。
 ──お星様?
 ──それも違う……手を出して。
 慌てて両掌を差し出す。そっと乗せられたのは、紙の蝶
だった。
 ──蝶々……
 途端、笑顔が消えた。
 胸が締め付けられ、止める間もなく、涙がこぼれる。
 ──京介?
 突然泣き出した弟に、兄ははっとして謝った。
 ──そうだったな。辛いこと思い出させてごめんな。
 首を振った。
 辛いのは確かだったが、思い出して泣いたわけではなか
ったし、兄に謝って欲しかったわけでもない。
 謝らなければいけないのは、自分の方だ。
 だが、小さな喉は泣きじゃくることで精一杯で、言葉一つ
出て来なかった。
 ごめんなさい。ごめんなさい、俺のせいで。
 胸の声は、兄に届かない。 
 ──ごめんな。
 兄は謝り続ける。何度も、何度も。
 また涙がこぼれた。
 ぼろぼろと、後から後から涙は溢れて、掌の蝶を濡らし
た。
 ごめんなさい。

               ◇ ◆ ◇

「そうじゃないってば。逆、逆!」
 部室のドアが開いた途端、葵の声が耳に飛び込んだ。
 階段状に並んだ机の一番後ろで、天馬と信助、葵が頭を
突き合わせている。他には、まだ誰も来ていない。
「逆って、こう?」
「そっちじゃないってば。もう、私のよく見て」
「天馬ってホント不器用だよね」
「信助まで!何が違うんだ?同じじゃないか」
「「全然違う!」」
 葵と信助が声を揃え、きゃっきゃと笑い転げた。
「笑うなよ……あ」
 口を尖らせた天馬が、こちらに気付いた。「剣城」と手を
振る。
「来てたんだ。早かったね」
「何やってるんだ」
 近付いてみると、三人が手にしていたのは折り紙だった。
「美術の授業でね、折り紙は日本の伝統文化だって話にな
って、来週まで一人三つずつ折って来るようにって宿題が
出たの」
「鶴と紙飛行機以外でね」
 葵の説明に、信助が付け足す。
「そういう誰でも知ってるようなのじゃなくて、折り方を人に聞
いたり、本で読んだりして調べるようにって。そしたら天馬が
さぁ」
「いいだろもう!どうせ俺は不器用だよ!」
 天馬は情けなさそうに、くしゃくしゃになった折り紙をつまん
だ。
「天馬ったら、鶴も折れないって言うから、特訓してたの。
剣城くんは?折れる?」
 多分折れるだろう。忘れていなければ、だが。
 天馬の隣に腰を下ろすと、京介は青い色紙を手に取った。
 真ん中から三角に折り、さらに真ん中で折る。瞬く間に鶴
が出来上がり、感嘆の声が上がった。
「すごいや、剣城。折り紙も得意なんだ」
「これくらい誰だって折れるだろう」
 天馬は、ぐっさりと傷ついた顔をした。
「俺は、折れなかったけどね……」
「あああああまあまあ、天馬!気にするなって!
ね、剣城、他には何か折れる?」
 慌てて信助が取りなす。
「何がいいんだ」
「奴凧は?」
 葵が訊ね、京介は頷いた。これも二分とかからず、京介は
折り上げた。


                           (続く


2012.6.13 up
初めて書いた、京介視点の剣城兄弟話。7月発行の新刊「蛹」と
リンクする予定です。