ジャックランタンは嗤う


 右手で、自分の顎に触れた。円堂がしたように、下顎を掴ん
でみる。円堂の手の熱さまで、はっきり覚えている。
 突然、背後でわあっと歓声が上がって、現実に引き戻された。
 小学一、二年生くらいの子供たちが数人、公園に駆け込んで
来る。一人は黒いマント姿で、一人は手にゴムのお面を持って
いた。
 佇む風丸の存在も気にせずはしゃいでいるのは、皆で夜、
家々を回ることになっているかららしい。クリスマスや正月に
比べると、いまひとつ馴染みの薄いハロウィンだが、この町内
では本格的にやっているようだ。
 マントの子供が大声で言った。
「『トリック・オア・トリート!』って言うんだよ!兄ちゃんに
聞いたもんね」
「それだと爺ちゃん婆ちゃんに通じねェよ。やっぱ日本語でい
いんじゃね?」
「『お菓子くれ』って言うのか?」
 マスクの子供が首を傾げる。他の子供たちが笑った。
「お菓子くれはねェだろ。『お菓子くれなきゃ悪戯するぞ』。
ちゃんと覚えろよ!」
 マントの子がけらけら笑いながら言って、来た時のように、
子供たちは駆け出した。他の子も誘いに行くようだ。
 子供たちの姿が見えなくなると、風丸はベンチに置いた紙袋
に目を移した。ハロウィンのカボチャプリン。
 ここで立ち止まっていても仕方がない。さっさと円堂の家に
行って、これを渡して帰ろう。
 そう、渡すだけ渡して、すぐ帰ればいいのだ。
 案外気にしているのは自分だけで、円堂はあっさりしたもの
かもしれない。
 公園を出た風丸は、円堂の家に向かった。
 この辺りでは一般的な庭付き一戸建てだが、他の家に比べて
庭がかなり広い。キャラバンが一時東京に戻った時は、吹雪や
立向居ら遠方参加組と一緒に、皆でバーベキューをしたことも
ある。
 玄関に立ち、呼び鈴を押した。少し待ったが返事がない。
もう一度。
「はぁい」と家の奥から応えがあった。円堂の声だ。
 何だ、いるんじゃないか、と思った途端、ガシャガシャン!
と派手な物音と叫び声が聞こえた。
「円堂ッ?」
 何が起きたのだろう。鍵のかかっていないドアを開け、風丸
は中に飛び込んだ。
 ダメ押しのように、ガコン!とまた音がして、
「痛ッ!」
声が上がった。
 階段の隣の食堂からだ。
 短い廊下を数歩で駆け抜ける。すりガラスをはめ込んだ引き
戸は開け放たれていた。
「大丈夫か、えんど……う?」
 風丸は、目を丸くした。
 八畳ほどの室内に、鍋やら釜やら食器やら箱やらが散乱して
いる。その中で、円堂は伸びていた。
 頭の上には、巨大な寿司桶。ダメ押しの音源は、これだった
らしい。
「円堂……生きてるか?」
「おお……風丸か」
 むくりと円堂が頭を起こした。目が回っているのか、ぎこち
なく首を巡らせ、風丸を振り返ろうとする。
 その頭に、ごぉんと容赦なく中華鍋が落ちた。
「円堂!」
 叫ぶ風丸の前で、円堂は気絶した。

              ◇ ◆ ◇

「ったく、参ったぜ。母ちゃんいないから、インスタントラー
メンでも作ろうと思ったんだけど、肝心のラーメンが見当たら
なくてさ。戸棚あちこち開けてるうちに、積んであった物を引
っ繰り返しちまったんだ」
「とりあえず、ラーメン探す前に、棚の上を片付けた方がいい
んじゃないか?」
「うん、ほうふふ(そうする)」
 ありあわせの材料で風丸が作った炒飯をはふはふ頬張りなが
ら、円堂は答えた。
「食べるか喋るかどっちかにしろよ」
 使った調理器具を洗い終え、円堂の向かいに腰を下ろすと、
風丸は溜息をついた。
 すぐ帰るつもりが、結局上がり込んで長居する羽目になって
しまった。
「そういえば、おばさん、どこか行ったのか?」
 ごくんと口の中のものを飲み込んで、円堂は答えた。
「急に親戚の伯母さんに誘われて、一泊旅行することになった
らしい。練習から帰って来たら、置き手紙があった」
 これこれ、と、テーブルの上のメモを指す。
「父ちゃんも今週は出張でいないから、ちょうどいいと思った
んじゃないかな。ここんとこずっと、温泉行きたいって騒いで
たし。ご馳走様!」
 円堂は、空になった皿を満足げに押しやった。
 

(続く)


2011.11.15 up