ジャックランタンは嗤う


 風丸一郎太は、圧倒されていた。
 冷蔵庫にこれでもかと詰め込まれた、プリン、プリン、プリ
ン──プリンの山。
 風丸家の冷蔵庫は、決して小さくはない。むしろ大きい。年
始に買い換えたばかりの、堂々500リッター、もちろんエコ
仕様もばっちりで、省エネ基準200パーセント超の優れもの
だ。
 一家四人が十日間篭城できる程度の食料なら軽く入るであろ
う、その冷蔵庫が、みっしりとプリンで埋め尽くされていた。
元あった食材はどこへ行ったものやら(あるいは冷凍庫に追い
やられたのかもしれないが、恐ろしくて開ける気にならなかっ
た)見当たらない。
 テーブルには、母の見事な手筋で、メモが一枚。
『お帰りなさい。今日はハロウィンなので、カボチャのプリン
を作りました。冷蔵庫に入っているから、食べなさい。 
母より』。
 いくらハロウィンだからって。風丸は肩を落とした。
 また母の悪い癖が出た。
 新しいメニューを覚えると、完璧なものが出来るまで、とこ
とん作ってみないと気が済まない性質なのだ。
 以前も、レアチーズケーキやアップルパイ、飾り巻き寿司で
似たようなことがあった。
 飾り巻き寿司の時は、特に酷かった。家族は一週間、顔が崩
れて妖怪と化したドラえもん太巻きを三食食べ続けるという拷
問を強いられたのだ。
 あの時ほど、練習帰りの雷々軒のラーメンをありがたく感じ
たことはない。
 嫌な思い出に沈みかけ、慌てて這い上がった。
 こうしてはいられない。母が出かけている今のうちに、プリ
ンをばらまいてしまおう。
 ぼやぼやしていたら、また地獄の一週間だ。
 キッチンの壁に掛かった時計を見た。5時20分。今日は練
習が早く終わったから、皆もう家に着いている頃だ。
 比較的、家が近いサッカー部員に電話をかけ、半田と栗松、
壁山を捕まえた。壁山のお陰で、かなりの数を消費出来る。
 あと、もう一人くらい誰かいないか。
 少し迷って、円堂の番号にかけた。
 携帯は繋がらなかった。家の電話も、誰も出ない。出かけて
いるのだろうか。
 まあ、いいか。他の三人を回ってから、円堂の家にも寄って
みよう。もしいなくても、玄関先か濡れ縁にでも置いて来れば
いい。
 手近な紙袋にプリンを詰め込み、家を出た。
 家々を回る小さいお化けたちも、冷蔵庫いっぱいのカボチャ
プリンを押し付けられたら、逃げ出すに違いない。

                ◇ ◆ ◇

 壁山、栗松、半田の順でそれぞれプリンを届け、最後に円堂
の家を訪ねることにした。
 近所と言うなら円堂が一番近所なのだが、真っ先に電話をか
けなかったのには理由がある。
 半田の家から円堂の家に向かう途中で、風丸は立ち止まった。
 住宅地の一角にある、児童公園の前だった。
 入って右手に砂場、奥にベンチとブランコがあり、左手には
ジャングルジムがあるだけの小さな公園だが、保育園に通って
いた頃は、よくここで円堂と遊んだ。二人でふざけているうち
にジャングルジムから転げ落ち、円堂が額を割って大騒ぎにな
ったこともある。
 最近では、前を通り過ぎるだけで、気にもとめていなかった。
 薄橙色の陽が差し始めた公園に、風丸は足を踏み入れた。
誰もいない。
 古びた木のベンチに腰を下ろした。ベンチも、その隣のブラ
ンコも、半ばペンキが剥げ落ちて、寂しげに見える。
 そういえば、と風丸は立ち上がった。
 ブランコのペンキが塗りたてなのに気付かず、円堂がべった
り手形を付けてしまったことがあった。あの痕は残っているだ
ろうか。
 四本の支柱を一本ずつ調べていくと、
「……あった!」
 思っていたよりずいぶん低い位置に、ぺたりと小さな掌の跡
があった。
 残った手形に、自分の手を重ねてみる。当たり前だが、手形
は覆い隠されて、見えなくなった。背も手も、こんなに小さか
ったのだ。
 今なら──と、肉厚な手を思い浮かべて、風丸は一人で赤く
なった。ほんの四、五日前、思い出すと赤くなるような出来事
があった。
 それが、真っ先に電話を掛けるのを躊躇った理由だ。

(続く)


2011.11.14 up
ハロウィンに間に合いませんでしたが、水広さんから、「ハロ
ウィンで一本書きませんか?」と言って頂いて、思いついたもの。
なので、水広さんへ捧ぐ(強引)。