2×2〜For seasons〜


         〜 浮かれながら夏が逝く @〜


 夏が終わる。
 焼け付くようだった陽射しは橙色の翳りを帯び、たっぷりと
湿気を含んでいた風はそっけなく乾いて、入道雲をさらさらと
追い散らす。
 耳につくのは、油蝉ではなくカナカナ蝉の声。
 秋が、夏に取って代わろうとしている。
 今日の日付は、
「9月1日かあ……」
 窓枠に顎を乗せ、三志郎(弟)は溜息を吐いた。
 すかさず背後から、秋の風よりそっけない声がした。
「てことは、明日は2日だな。ついでに言っておくと、今日は
日曜で明日は月曜だ」
 振り返り、三志郎は声の相手──不壊を睨んだ。
「うるっせェな。人が折角、夏のヨインって奴に浸ってんのに、
気分をぶっ壊すようなこと言うな」
 色々なことがあった夏だった。
 空き巣騒ぎ──騒ぎになったのは三志郎たちのせいだという
話もあるが──から始まって、双子の兄は足を骨折して入院。
 結果、三志郎(兄)は夏じゅうフエに付き添われて過ごすこと
になり、一方の三志郎(弟)は、「暫く匿ってくれ」と家に転が
り込んで来た不壊と一緒に旅館の手伝いをして過ごした。二週間
前には、二人きりで旅までした。
 つくづく、楽しい夏だった──目の前の、宿題の山さえなけ
れば。
「余韻に浸る暇があったら、少しでもそいつを片付けることを
考えた方がいいんじゃねェのか」
 不壊の長い指が、宿題を指す。
「言われなくても判ってるって。つぅか、不壊!お前もそんな
にのんびりしてねェで、ちょっとは手伝えよ」
 不壊は手にしていた雑誌をぺらぺらと振った。
「そいつは無理だな。宿題は兄ちゃんの仕事だろ。俺が手を貸
したら、ルール違反になっちまう」
 いつも『適当』という言葉が服を着て歩いているようなこと
ばかり言ったりやったりしているくせに、何でこんな時だけ
まっとうなのだろう。
「そりゃそうだけど……でもよぅ」
「どう考えても、不壊のが正しいよな。この際腹決めて、潔く
先生に怒られろ」
 ベッドから、自分と同じ顔の少年が言った。落書きだらけの
ギプスの足をタオルケットの上に投げ出し、ニヤニヤと笑って
いる。
 多聞三志郎(兄)。この病室の主だ。
「気軽に言うな!そうだ、お前はどうなんだよ?毎年、宿題の
ことで怒られるのは一緒だったじゃん。まさか入院してるから
宿題提出はなし、とか言うんじゃねェよな」
 どうせコイツも同じ穴のムジナだろう、と思ったのだが、兄
はあっさり言った。
「俺はとっくに全部終わってるぜ」
「何だって!」
「病院の中に学校があってさ、そこの先生とかが宿題の面倒み
てくれたんだよ。あと、フエにもみてもらったしな」
 「な」のところで、三志郎(兄)は付き添い用の椅子に座る
フエを見た。
「ずるい!」
「ずるかねェよ。今の今まで宿題うっちゃってたお前が悪いん
だろ」
 フエも言う。
「答を教えたわけじゃない。不正と言われるようなことは何も
していない」
「……と、いうことだ。残念ながら、兄ちゃんの味方をしてく
れる奴はいないようだな」
 不壊がとどめを刺した。
「諦めて、一つでも二つでも片付ける努力をしな」
「ううう……」
 何てこった。
 山と積まれたドリルと原稿用紙の束に目を戻し、三志郎は、
また溜息を吐いた。


                            (続く)



2008.12.28
12ヶ月を追いかける『Four seasons』、第2話は9月です。
晩夏から初秋の頃って、何となく物悲しくて好きです。