2×2〜For seasons〜


〜 四月馬鹿 C〜


 適当に挙げるつもりだった同じクラスの女子の名前が、どう
したことか一つも出て来ない。
「どうした?名前も思い出せないくらい昔々の話なのか?」
「うるっせーよ。黙って待ってろ。……えーっと……」
 春休みボケではない。
 亜紀、清、唯、黄緑。顔も名前も、ちゃんと覚えている。
なのに、いざ出まかせを並べようとすると、言葉が舌に絡ん
だようになって、どうしても出て来ないのだ。
 くるりと振り返り、不壊は肩を竦めた。
「だから、慣れねェ嘘なんか、吐くんじゃねェよ」
 ゆっくりとした足取りで、戻って来る。馬鹿にしきったその顔
を見上げ、三志郎は「ちぇっ」と舌を鳴らした。
「バレバレかよ。つまんねェの」
「俺を引っ掛けたいなら、壁に向かって百回も練習してから
出直して来るんだな。台詞が棒読みだったぜ」
「そうだったか?自分じゃあ結構上手く喋れたつもりだったん
だけどな。……それにしたって」
 再び並んで歩き出しながら、三志郎はふくれた。
「もうちょっと動揺してくれたって、いいんじゃねェ?仮にも俺が
他の奴と付き合うかも、って言ってんだからさ。それをあんな
しらっと受け流しやがって、お前、ホントに俺のこと好きなのか
よ?」
 不壊に好きだと言われたことなんか、一度もない。
 だが、こうして殆ど毎日一緒にいるのだし、もう一年近くも
同じベッドで寝かせてくれているのだ。これで嫌いなわけがな
い。いや、好きに決まっている。
 そう思い込んでいたのだが、口にした途端、嫌なことを思い
出してしまった。
 あれは去年の秋。骨折で入院していた三志郎(兄)が、退院
して間もなくのことだ。
 成り行きで、「俺と三志郎(あいつ)と、どっちが好きなんだ」
みたいなことを、不壊に聞いたことがあった。
 不壊は、「俺もあっちの兄ちゃんにしておけば良かったかも」
などと、とんでもないことを言い出して、三志郎を慌てさせた
ものだ。
 あの時は冗談だと思ったが──不壊も「本気なわけがない」
と笑っていたが──果たして、本当に冗談だったのだろうか。
冗談の中に、コンマ何パーセントかでも、本気が混じっていな
かったか。
 俄かに暗雲漂い始めた三志郎の胸中を煽るように、不壊が首
を傾げる。
「そうだな。この際、も少しマシなのを探してもいいかもな。
何しろ兄ちゃんと来たら、後先なんてこれっぽっちも考えねェ
単純馬鹿だし──」
 むっとした。
「人の話は聞かねェし、『待て』はきかねェし」
 むむっ。
「寝相は悪い、手は早い。考えてみりゃあ、ろくな男じゃねェ
よな。本当はあんまり好きじゃねェかも……」
「不壊!」
 ショックだ。
 自分でも判り過ぎるくらい判っていた欠点だが、面と向かっ
て数え上げられると、ずしんと堪える。
 打ちのめされ口もきけない三志郎に向かって、不壊が、ちろ
りと舌を出した。
「嘘」
「何だよっ!」
 くくくっと不壊が笑い、掴みかかる三志郎の手を、ひょいと
避けた。
 その顔を見て、ほっとした。と同時に、頬が熱くなった。
 やっぱり、不壊相手に嘘なんて吐くもんじゃない。引っ掛け
るつもりが、まんまと手玉に取られているじゃないか。
 赤くなっているだろう頬を、照れ隠しにごしごし擦り、三志郎
は叫んだ。
「いつまでも笑ってんじゃねェよ、不壊!」


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2008.10.29
というわけで、弟ペアでした〜。
無料配布本『アフター・サーヴィスT』をお持ちの方、ニヤリ
とされたのでは(笑)