2×2〜For seasons〜


〜 四月馬鹿 B〜


              ×  ×  ×

 カサカサと、左手の買い物袋が音を立てる。
 それを見下ろし、三志郎(弟)は、はあっと溜息を吐いた。
 袋に入っているのは、食パンにバター、マスタード。いつも
ならもっと品数が多いのだが、今日に限って、フエに頼まれた
のは、この三品だけだった。
 品数が少なければ当然、買い物に要する時間も短い。折角準
備していた嘘を吐く間もなく、店を出る羽目になってしまった。
残るチャンスは、店まで十分足らずの帰り道、なのだけれど。
 三志郎は、また溜息を吐いた。
 いかんせん慣れていないせいで、切り出すきっかけが掴めな
い。このままでは、何も出来ないまま、店に帰り着いてしまう。
 兄は上手くやっただろうか。あいつも俺と似て不器用だから
──などと考えていると、
「どうした、兄ちゃん」
不意に、隣を歩く不壊が訊ねた。
 三志郎に荷物を預け、黒のレザージャケットに両手を突っ込
んだ彼は、歩きながら器用に長い身を折り、三志郎の顔を覗き
込んだ。
「珍しいじゃねェか。溜息なんか吐いて。腹の具合でも悪いの
か?それとも、一丁前に悩みでもあるのか?」
「何だよ、一丁前にって!俺だって悩みの一つや二つ……!」
 閃いた。これだ。
 三志郎は、足を止めた。
「兄ちゃん?」
 不壊も、何事かと立ち止まる。
「……そう、なんだ。実は、悩んでることが、あってさ」
 不壊の細い眉が片方上がった。
 目を合わせたら、たちどころに嘘だと見抜かれそうで怖い。
三志郎は、さりげなく──本人だけは、そのつもりで──視線
を泳がせた。
「この前、同じクラスの奴から好きだって告白されちまってさ
……付き合ってみようかどうしようか、ずっと悩んでたんだ」
 不壊にしてみれば、寝耳に水だ。絶対、びっくりしているに
違いない。もしかしたら、『じゃあ俺はどうなるんだ?』とか何
とか、慌てふためいてくれるかもしれない。
 いつも人を食ったように余裕をかましている不壊が、おろおろ
うろたえる様を想像して、三志郎はほくそ笑んだ。
 ──が、しかし。
「へぇ、そうかい」
 あっさり返されて、三志郎はコケた。
「ふ、不壊?」
 不壊は、一人でさっさと歩き出していた。小走りに追いかけ
ながら、呼びかける。
「おいこら、不壊!お前、俺が他の奴のこと好きになっちまっ
ても、平気なのかよ?」
「逆にめでたくていいんじゃねェの?そんな貴重な経験、一生
に一度、あるかないかだろ」
「何だとう!」
 振り向きもせず、更に言う。
「兄ちゃんが、そうモテるタイプとも思えねェしな」
「馬鹿にすんな!俺なんて、しょっちゅう告白されまくりだっ
つうの!」
「ほーう。じゃあ、告白された相手の名前、挙げてみな」
「おうよ!えーっと……」
 指折り数え上げてやろうと顔の前に右手を翳し、そこで三志
郎は詰まった。
 

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2008.10.28
一方の、弟ペアです。
いや、兄ちゃんはモテると思うよ。不壊……?