江戸ポルカ U


〜13〜


「あいつは兄者のためになるなら、とか殊勝なことを抜かしや
がって、妖たちを、撃符に封じる手伝いをしたんだ。それから
さ。兄者が、何かに取り憑かれたみたいに撃符を集め始めたの
は」
 代々、華院家の役目は『人の世に仇なす妖を調伏すること』
だったが、重馬が長になってからは、全ての妖を悪と見なし、
手当たり次第に撃符に封じるようになっていた。
 それでも、ウタが現れるまでは、あくまでまっとうな仕事の
うちだったのだと、要は忌々しげに言った。
「あの女がいると、次々に妖が集まって来るんだ。もう、妖退
治の依頼を待つこともない。こっちから国中を歩き回って、妖
の居場所を探ることもない。何しろ、黙って座っているだけで、
向こうから近付いて来るんだからな」
 要ら術師も、皆、最初は喜んだ。
 何しろ、一体でも多くの妖を封じ、一枚でも多くの撃符を上
げるよう、重馬から命じられているのだ。楽を出来るに越した
ことはない。
 忽ち、撃符の数は、それまで華院家が何代にも渡って集めて
来た、その倍にまで膨れ上がった。
 だが、すぐに喜んでばかりもいられなくなった。
 当主の重馬が、本来の役目を忘れてしまったのだ。
 寝ても覚めても撃符、撃符で、ろくに修行の場にも姿を見せず、
江戸市中や近郊、京の都、山村から、妖が出たから助けてくれ
と依頼されても、弟子ばかりを行かせて自分は一向に動こうと
しない。
 日がな一日屋敷の自分の部屋に閉じこもり、ウタに妖を引き
寄せさせては封じ、封じては新たな妖を引き寄せを繰り返して
いた。
 だが、いくら封じたところで、依頼主がいるわけではない。
 ぱったりと、華院に入る金は途絶えた。
 幾月もそんな日々が続き、誰もが不安を覚え始めた頃──。
 ウタが、消えた。
 突然、出て行ってしまったのだ。
 重馬は半狂乱になった。
 四方八方に手を尽くして探し回らせたが、ウタはそれっきり
見つからず、二度と重馬の元には戻らなかった。
「見つからない方がいいって、兄者以外の誰もが思っていた。
これで良かった、兄者も目が覚めるだろう、元の立派な長が戻
って来てくれるだろう──ってな。実際、あの女がいなくなっ
て一年ちょっと、兄者は、元の兄者に戻っていたんだ」
 三志郎は、思わず要と甍の顔を見た。どちらも、不機嫌そう
な表情のまま、変わった様子はない。
 二人とも、そして多分、末弟だというみつきも、重馬がその
一年の間にやっていたことを、知らないのだ。
 だが、三志郎は知っている。
 ウタを失った重馬は、元に戻ったわけではなかった。それど
ころか、ご禁制の阿片に手を出していたのだ。
 重馬自身が使うのではない。それまでに集めた撃符と引き換
えにご禁制の阿片を手に入れ、それを法外な値段で売り捌いて
金子を手に入れていた。
 きっともう、まともに妖封じをする気になど、なれなかった
のだろう。そうして得た大金で、更にウタを探し回っていたの
かもしれない。
 夏に三志郎や清、個魔を連れた子供たちにしてやられ、もう
阿片の取引は出来なくなったというのに、今なお術師としての
仕事にも戻らず、閉じこもっているとはどういうことだ。
 要は責めるような目を、三志郎に向けた。腹具合の悪くなり
そうな視線に、「何だよ」と三志郎も睨み返す。
 重馬から撃符を取り上げたのは三志郎だが、それで責められ
ては堪らない。最初に、やってはならないことをしたのは重馬
の方なのだ。
 
 
                              (続く)



2008.3.7
重馬とウタで日本昔話なら、『夕鶴』かなあ…。
ところで、書く前より要に愛が湧いて来ました。