江戸ポルカ U


〜13〜


 妖が描き込まれた、赤い札──撃符。
「取れよ」
 胸元に突きつけられ、反射的に掴んでしまった。
「おい!これは……」
「こいつもだ」
 甍の手からひったくった撃符を、また三志郎に押し付け、要
は、ふんと鼻を鳴らした。
「てめェに預ける。俺たちの持ち札の中で、一番強ェ奴だ」
 要の撃符には侍が、甍の方には痩せて乾涸びたような乞食坊
主が描かれている。どちらも奇怪な姿だった。
 侍は腕が四本あり、坊主は顔が上下逆さま、しかも体まで前
後ろ逆さまだ。
 要が言った。
「俺のが蜘蛛蔵、甍のが逆和尚だ。ありがたく使えよ」
「ありがたく……って」
 くれた側からしてみれば、たいそうありがたい代物なのだろ
うが、今の三志郎にとっては、ありがた迷惑以外の何ものでも
ない。
 そっけなく、
「要らねェよ」
と突き返そうとしたのだが、頑として要は受け取らなかった。
「そいつはもうてめェに預けたんだ。てめェが使え」
「だから、何で俺が使わなきゃいけねェんだよ!」
「てめェしかいないからに決まってんだろ。あの、撃符使いに
勝てるのが」
 正人のことだ。
 その名前にぎくりとするのと同時に、疑問が湧いた。
 何故、この二人が来たのだろう。
 三志郎と正人のことを知っているのは、要や甍の兄、重馬だ。
正人に撃符の半分を奪われた重馬本人が出て来るならばともか
く、その弟たちが、見ず知らずの三志郎を訪ねて撃符を押し付
けようとする、その理由が判らない。
「……重馬は、どうしてる」
「何も」
「何も?」
「ああ、何もしてねェよ。夏からこっち、ずっと屋敷に閉じこ
もったままだ」
「夏から?」
 要と甍は、揃ってむっつりと頷いた。
 怒っている。三志郎に対してではない、ここにいない何者か
に、二人は腹を立てている。
 そして、哀しんでいる。
 「兄者は、本当に立派だったんだ。術師としても、一族の長
としても。誰より強かったし、厳しいけど優しかった。だから、
俺も甍も、末っ子のみつきも、兄者に憧れていたし、尊敬して
た。俺たち兄弟だけじゃない、一門の他の連中だってそうさ。
皆、心から華院重馬を慕っていたんだ」
 そこまで一気に、要は喋った。
 おそらく長いこと胸の中に抑え込んでいたものが、今、堰を
切って溢れ出そうとしているのだ。
 少しだが興味が湧いて、三志郎は聞いた。
「今は、違うのか?」
「全然違う。兄者は、別人みたいになっちまった。変わっちま
ったのは、あの女のせいだ。あの女が来てから、兄者は昔の兄
者じゃなくなっちまったんだ」
「あの女?」
「てめェも会ったんだろ。赤毛の女だよ。ウタって名前の、個魔」
 三志郎は頷いた。
 確かに会っているし、ついこの前も、会ったばかりだ。
 かつては重馬の、そして今は法度を破り、正人の個魔となっ
た女。

 
                              (続く)



2008.3.6
いつの間にか3月になってた!
要ちゃん…年上の女性を「あの女」呼ばわりはいけませんよ(笑)