江戸ポルカ U
〜13〜
これは、逃げだと知っている。
自分で決めたことすら貫けず、ぐずぐずとしゃがみ込んで
いる。そんな自分の弱さが嫌だった。
その弱さを見せ付けた、撃盤の存在が疎ましかった。
不壊は姿を見せず、正人の追撃もなく、ただ慌しいだけの
二日間を、三志郎は過ごした。
「……郎。おい、三志郎。三志郎ってば、聞いてんのか?」
袖を引かれ、三志郎は「あ?」と我に返った。
人間界に戻って三日目の午過ぎ。女中頭のおくめを手伝って、
台所で正月用の器を拭いている最中だった。
振り向くと、小僧仲間の一人、捨吉が心配げにこちらを覗き
込んでいた。
「大丈夫か?何かお前、この間、親戚ん家に行ってからこっち、
変だぞ。風邪でももらって来たのか?」
三志郎が妖怪城にいたほんの数時間の内に、こちらでは丸二日
が過ぎていた。
その間、瓢屋では『三志郎は江戸に住む親戚の家に呼ばれて、
泊りがけで出かけた』ことになっていたらしい。
仕掛けは判らないが、とにかくそのお陰で、早朝に一人で帰
って来ても、怪しまれることはなかった。
「ああ、うん。平気だ。ちょっと考え事してただけ」
そう答えると、捨吉は目を白黒させた。
「お前が?考え事?やっぱり、熱でもあるんじゃねェか?」
「ねェよ!それで、何だよ?」
おくめは面倒見は良いが、小僧の躾には人一倍厳しい。こんな
ところを見られたら、「口より手を動かしな」とひっぱたかれる
に違いない。
捨吉は「うへぇ」と首をすくめて見せ、言った。
「お前に、客。二人来てるぜ」
「二人?」
客と言われた瞬間、正人かと緊張したのだが、違った。
問い返した三志郎に、「うん」と頷き、
「野郎二人。つっても、一人は、俺やお前とあんま変わんねェ
くらいの年恰好だった」
「もう一人は?」
「やたらでっけェの。背は大人くらいあるくせにさ」
急に声をひそめ、気味悪そうに顔を顰める。
「俺たちくらいの奴のこと、『兄者』とか呼んでんだぜ。修行中
の坊さんみたいな、変な格好してさ」
そんな二人連れには覚えがなかったが、『修行僧のような』姿
なら、知っていた。
華院重馬。
あの男の、仲間だろうか。
そうだとしても──そうだとしたら、余計に──会いたくない
相手だった。今は、撃符のことは考えたくない。
だが、何も知らない捨吉は続けた。
「裏のくぐり戸のとこで待たせてあるぜ。最初は店の方に入っ
て来ようとしたんだけど、何かやばそうだったから、裏に回っ
てもらったんだ。そしたら、三志郎って奴はいるか、いるなら
会わせろって言い出してさ。お前の、友達か?」
「違ェよ」
三志郎は立ち上がった。
気が進まなくとも、会わないわけにはいかない。
「悪ィけど、ここ頼む。おくめさんが来たら、適当に言っておい
てくれ」
俺だって仕事があるんだぞ、と捨吉はぶうぶう言ったが、布巾
を押し付け、三志郎は台所を出た。
華院重馬の仲間が、今になって何の用があると言うのだろう。
(続く)
2008.2.18
というわけで、あの子達が出ます(笑)
ちなみに妖怪城って竜宮城と同じようなもんじゃないかと思うの
です。一年遊び暮らして戻って来たらヨボヨボの爺さんに(汗)
賢い兄ちゃんは、さっさと乙姫さま(=不壊)を掻っ攫って逃げて
来たらしいです。(ちなみに亀は一角。)