江戸ポルカ U


〜13〜


  くぐり戸のある裏庭に面した奥の間には、誰もいなかった。
 立てた障子に、捨吉の言葉どおり、大小二つの影が映ってい
る。なるほど、背丈だけを見れば、大人と子供ほどの違いがあ
った。
 三志郎は、障子を引き開けた。
 冬枯れた庭先に立っていた二人が、同時に振り返る。思った
とおり、どちらもかつて重馬が連れていた手下と同じ、黒の法
衣姿だった。違うのは、目隠しをしていないことと、流石に冬
に袖がなくては寒いのか、きちんと袖付きの着物を着ていると
ころだ。
「三志郎ってのは、お前か」
 出し抜けに、小さい方が言った。猫のように吊り上った大き
な目が、油断なく三志郎を見ている。
 一方、大きい方は、それとは対照的だった。大人顔負けの逞
しい体躯と角ばった顔にも関わらず、まるで猛々しさが感じら
れない。むしろ、愚鈍な印象を受ける。小さくとろんとした目
のせいだ。待っている間にくしゃみでも連発したのだろうか、
鼻の頭が赤かった。
「ああ。俺が、三志郎だ」
 頷いてみせると、猫目の少年は、今にも地面に唾を吐きそう
な顔をした。
「何だ、どんな奴かと思って来てみりゃあ、ただのガキじゃね
ェか」
 むっとした。
 ガキは事実だが、初対面の相手に言われる筋合いはない。
 大体、ガキはお互い様ではないか。
「悪かったな。それで?華院の奴が、俺に何の用だ」
 猫の目が、広がった。驚いたらしい。
「俺たちが誰か、判っているなら話は早いぜ。俺は、華院要。
こっちは甍。お前がのしてくれた、華院重馬の弟だ」
「弟?手下じゃなかったのか」
 うっかり口から滑り出た言葉に、要の顔が赤くなった。
「術師の世界は厳しいんだ。例え兄弟でも、長である兄者と駆
け出しの俺たちでは、住む世界からして違う。だから俺たちは、
兄者のようになるために、毎日厳しい修行をしているんだ」
 板前の世界と同じようなものなのだろうか。
 板前にも厳しい序列がある。下働きとしてこき使われる追い
回しから始めて、揚場、焼方、煮方と上がって行き、花板、親
方を目指す。
 誰もが花板に憧れるが、そこまで辿り着ける者はごく僅かだ。
追い回しをやっている間に、辛くて逃げ出す者も多いという。
 もし、華院の術師たちも同様の序列の中で生きているのなら、
先刻の三志郎の言葉は、いたく二人を傷付けたに違いない。
三志郎は、素直に謝った。
「そうか……悪ィ」
 要は、まだ何か言いたげに三志郎を睨んでいたが、「やめた」
とひと言、深い溜息を吐いた。
「てめェにつっかかったって仕方ねェ。俺たちは、てめェに渡
す物があって来たんだ」
「渡すもの?」
「甍」
 三志郎には応えず、要は隣の弟を見上げた。甍の方は、まだ
先刻の三志郎の言動に腹を立てているのか、不満げに口を尖ら
せている。
「いいのか、兄者。こんな失礼な奴になんか渡しても」
「いいんだよ!さっさと出せ、ほら!」
 拳骨で、どすんと弟の腰を殴りつける。本当は頭に拳骨を落
としたいのだろうが、弟の方が背が高いので、それもままなら
ないのだ。
 渋々、甍が懐に手を差し入れた。次いで要も自分の袂に手を
入れる。
 差し出されたものに、三志郎は絶句した。


                              (続く)



2008.2.22
D.Kさん、お約束どおり、華院ブラザーズ出しましたよ〜v
要ちゃんと甍は、謹んでD.Kさんに捧げます。
もらってやって下さいませv


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