江戸ポルカ U


〜 11〜


「どうしたんだい?」
 怪訝そうに尋ねる正人を、三志郎は真っ向から睨み返した。
 一度は引きかけた怒りが、いっそう激しく腹の底を焼いている。
 握り締めた撃盤が熱い。
「天性の撃符使いだか何だか知らねェけど……正人、やっぱり、
俺とお前は同じじゃねェよ」
「三志郎くん?」
「俺は戦なんかしたくないし、そのために妖を『使う』つもり
もない。俺とこいつらは、いなくなった妖を連れ戻すために
協力しているんだ」
「戦う気はない、って言うの?」
 正人の声が、低くなった。
「戦うぜ。でも、それは殺し合いがしたいからじゃない。戦っ
てでも取り戻したい、大事なものがあるから──」
「甘いよ!」
 怒号に三志郎の声が掻き消された。
 正人の顔つきが変わっていた。
 おとなしやかな少年の面が音を立てて崩れ、その下から、暗
い怒りに突き動かされた男の顔が覗く。
 ──悪鬼だ。
 正人は、綺麗な鼻筋に皺を寄せ、三志郎を睨んだ。
「甘過ぎるよ、君は。そんなんじゃあ、とても戦になんて、
なりゃしない」
「だから!俺は戦なんかしたくないって、言ってるじゃねェ
か!」
「なら、どうやって妖を取り戻すつもりだ!」
 正人が撃盤をかざした。
「いけねェ!」
 三志郎の前に、孔雀の尾羽が広がった。不壊が、三志郎の前
に、立ちはだかっていた。
 正人が叫ぶ。
「妖召喚!鴉天狗!」
 辺りに、眩い緑色の光が広がる。その中から、一体の妖が現
れた。
 それは、がっしりと逞しい、修験者の姿をしていた。顔の
下半分から鳥の嘴が、背中からは黒い羽が生えている。
 小さな金色の両眼が、三志郎を捉えた。
「兄ちゃん、撃符を──!」
 肩越しに振り向いた不壊が、言葉を途切らせた。
 三志郎は、撃符を一枚、手にしていた。
 どの妖を、などと考えたわけではない。そんな余裕などなか
った。撃符が自分から、掌に吸い付いて来たのだ。
 まるで、自分を使えと言っているようだ。
「お前が、出たいんだな」
 見れば、先刻も真っ先に三志郎の手に飛び込んで来た妖だっ
た。
 金色の一つ目。瞳孔は昼日中の猫のように細い。確か『一角』
と、不壊は呼んでいた。
 三志郎は叫んだ。
「妖、召喚!一角!」
 夢中で、撃符を撃盤に通していた。使い方など、知る筈もな
い。何度か、正人が使うのを遠目に見ただけだ。
 だが、何故か三志郎は知っていた。判った、と言った方が正
しい。
 撃盤をどう扱えば良いのか、どうすれば撃符から妖を呼び出
せるのか。本能的に三志郎は理解した。
 撃盤の細い溝に、撃符を通し、一気に引く。思っていたより、
強い力が要った。
 以前、定廻り同心である母方の伯父が、弓を引かせてくれた
ことがある。あれを思い出した。
 弦も撃符も、ぎりぎりまで引き絞らなければ、強い力で打ち
出すことは出来ないのだ。
 撃符が、撃盤を抜けた。
 バチバチと爆ぜるような音を立て、三志郎の手元に小さな
金色の雷が走る。
 次の瞬間、どん!と強い力で胸を押された。同じだ。焔斬が
現れた時と、同じ衝撃だった。
 目を上げる。
 妖が、そこにいた。


                              (続く)


2008.1.30
アニメに倣って、一角がトップバッターです。
三志郎の手持ちの中では、(焔斬は別として)一角が一番
好きですvvv