江戸ポルカ U


〜 11〜


 妖たちが戦いを望んでいるなど、そんなこと、あるわけがな
い。
 正人の目が、すっと細くなった。
「じゃあ、君が手にしているものは、何だい?撃符じゃあない
のかな。戦いたくない妖たちが、何故、無理矢理戦わされると
判っていて撃符になったのか、君に説明出来る?」
「それは……攫われた仲間を助けるために……!」
「助けたいだけなら、別の方法もあったと思うけど。そうだね、
例えば、この前の術師。華院重馬とか言ったっけ。撃符に封じ
込める方法を知っているってことは、逆に撃符の封印を解く方
法も知っているってことだよ。あいつらを味方に付けるって手
も、あったんじゃないかな。
別に華院じゃなくてもいい。ほら、前に、君と一緒にいた巫女
の女の子。あの子だって役に立つ。彼女の祈祷で、一枚一枚の
封印を破っていくって方法もある──地道なやり方だけどね。
あるいは、ここにいるウタを説得して、僕を止めさせるとか。
ほら、いくらでも方法はあったんだよ。
なのに、こぞって撃符になったのは、妖たちが戦いを望んで
いる何よりの証拠じゃないかい?仲間同士で食い合い、殺し
合い、血を流す。それが、妖の本性なんだよ」
「違う!」
「違わない」
きっぱりと、正人は首を振った。何処か憐れむような目で、
三志郎を見た。
「君だって、そうだ。どうして、撃符を手にしているんだ?大
天狗に頼まれたから?それこそ違うだろう。君が、撃盤と撃符
を手にしたのは──」
 ひと言、ひと言、区切るようにして、言った。
「君が、撃符を、使いたかったからだ」
 こめかみに一瞬血の気が昇り、そして引いた。
 違う。
 言い返す言葉が、喉の奥で詰まった。
 本当に、違うのだろうか。撃符と、そこから現れる妖に、
心を奪われたことはなかったか。
 考え、愕然とした。
 あった。
 初めて、焔斬が現れた時だ。
 目が離せなくなった。その姿を、いつまででも眺めていたい
と思った。妖に魅入られる者たちの気持ちが、僅かでも判ると
思ったのは、そのせいだ。
 そして同時に、体の奥から突き上げる『何か』を感じた。
 単純な驚きや、未知なるものへの興味とは違う。
 抗いがたい、あの激しい欲求は、何だったのだろう。
「心当たりが、あるみたいだね」
 正人が首を傾げ、掬うように三志郎を見た。
「判るよ、その気持ち。僕も同じだからね。欲しくなったんだ
ろう?妖が。自分の手で撃符から妖を呼び出して、自在に使っ
てみたくなったんだろう?」
 右手に、しっかりと撃符を握っていたことに気が付いた。
 焔斬の時のように、この中の妖たちを呼び出し、その姿を確か
めたい──ちらとでも、そう思わなかったか。
 正人の声は続く。
「誰しも、強いものに憧れる。妖は、力そのものだ。その力を
手に入れたいと願って、何が悪い?まして、君と僕は同じ種類
の人間、天性の撃符使いだ。その資格があるんだよ」
 その声を、不壊が遮った。
「こいつの話に耳を貸すな、兄ちゃん。兄ちゃんを惑わせるこ
とが、こいつの狙いだ」
「君は黙っていてもらおうか」
 正人が、不壊を睨んだ。
「個魔ごときが、主である人間に指図するんじゃないよ」
 ──個魔ごときが。
 その言葉に、三志郎はさっと顔を上げた。違う。同じなんか
じゃない。
 自分は、不壊をそんな風に思ったことは一度だってない。
 人間は、妖の主ではない。


                              (続く)


2008.1.26
兄ちゃんは主じゃなく、旦那だ!
ビバ!亭主関白!