江戸ポルカ U
〜 11〜
見上げた空を、また稲妻が切り裂いた。一瞬遅れて、辺りを
揺るがす雷鳴が響き渡る。
本丸から放射状に伸びた屋根の一つに不壊は降り立ち、三志
郎は包み込まれていた黒打掛けから飛び出した。
遥かな高みに聳えていた天守閣は、大海魔に巻きつかれ、押
し潰されて、もはや見る影もない。
生臭い息を吐き散らし、大海魔が咆哮に似た音を立てる。長
く太い体がくねる度、その腹が波打つのが見えた。
「爺っちゃん……」
残骸と化した妖怪城を見上げ、三志郎は呟いた。
妖の長ともあろう者が、おめおめと食われはしないだろう。
大海魔も、妖には違いない。
だが──。
「心配は要らねェよ」
不壊が言い、三志郎は振り向いた。
不壊の右手が上がる。
「見な」
と、天守閣──があった場所──を指した。
つられて、三志郎も不壊が指差す方へ向き直り、あっと目を
瞠った。
残骸の中に、白い光が点っていた。
始めは、闇夜の蛍のように微かに一つ。それは、徐々に強く
眩く輝きを増し、見る間に数を増やした。
「不壊!大海魔が!」
大海魔にも、異変が起きていた。
腹が、見る見るうちに風船のように膨らむ。薄くなった皮膚
を通して、内側にあの白い光が見えた。
大海魔が飲み込んだもの。それは──妖だ。
不壊が、鋭く叫んだ。
「来るぜ、兄ちゃん!」
何が、と問う間もなかった。
白い光が炸裂して、眩しさに三志郎は目を細めた。大海魔の
黒い影絵が、乾いた泥人形のように崩れてゆく。
不壊の声がした。
「手を伸ばせ!」
反射的に、右手を伸ばした。
何かが風を切り、飛んで来る。ピシリと音を立て、それは、
三志郎の掌に収まった。縦長の、薄い紙片だった。
閉じていた目を開き、三志郎は声を上げた。
「……撃符!」
赤い地に、妖が描かれている。
金色の一つ目。体は魚──鮫のようだ。大きく裂けた口から
覗く牙が、獰猛な肉食獣を思わせる。
「流石に早いな。一角が一番乗りか」
不壊が言った。
白い光が消え、辺りの景色が戻って来る。
大海魔の姿はなかった。代わりに、三志郎が見たのは、上空
を漂う無数の撃符だった。
「あれが……」
「先刻まで、あそこにいた妖たちだ」
──撃符になるのなら、仲間を助けるために。
彼らは、三志郎に賭けたのだ。
三志郎は、撃符に姿を変えた妖たちを見上げた。
もう、進むべき道は、前にしかない。
一角を受け止めた右手を伸ばし、叫んだ。
「仲間を連れ戻したいなら、来い!俺と一緒に戦ってくれ!」
撃符が、一本の筋になった。螺旋を描き、次々に三志郎の手
に、飛び込んで来る。
一枚、また一枚と受け止める度に、腕に伝わる衝撃が増した。
重い。忽ち腕が痺れ、感覚がなくなった。添えた左手までが震
え出す。暴れ馬を何頭も、素手で押さえ込んでいるようだ。
「クソッ……!」
裸足で瓦屋根を踏みしめ、三志郎は呻いた。
重みに耐えかねた体が、じりじりと後ろに下がり始める。
(続く)
2008.1.19
アニメでは「陰の妖の王」だった大海魔ですが、こっちでは
単なる巨大ナ(以下略)前座扱いになってしまいました(汗)
さて、そろそろあの人が出ますよ……。