江戸ポルカ U


〜9〜


 だが、ただの地震にしては、大天狗の顔が険しい。
「爺っちゃん?」
 天井からバラバラと細かい砂と埃が降り注ぎ、目を開けてい
られない。
 地鳴りは徐々に大きくなり、やがて、轟音に変わった。
 足下から激しい衝撃が突き上げ、床板が撓む。
 転ぶまいと足を踏ん張り、三志郎は叫んだ。
「爺っちゃん!何だよ、これ!」
「来よったか……!」
 大天狗が呟き、唐紙を開け放った。
 広間は、混乱を極めていた。
 様子を確かめに出ようとする者。それを引き止める者。怯え、
ただ逃げ惑う者。怒号が飛び交う。
 そして、彼らの声すら掻き消す、不吉な轟音。
「兄ちゃん!無事か?」
「不壊!」
 右往左往する妖たちの間をすり抜け、不壊が飛び込んで来る。
「何が起きたんだ?」
「とうとうここまで、敵が攻め込んで来たのさ」
「敵?」
 一鬼が大天狗の元に走り寄った。
「長!城の北翼が落ちたと、報せが参りました!このままでは、
ここもいずれ……」
「うろたえるでない!皆の者、儂の声を聞け!」
 大天狗の声に、全ての動きが止まった。
 場が水を打ったように静まり返る。轟音までが、その一時だけ
は遠のいたようだった。
 紛れもなく、大天狗は妖の長なのだと、三志郎は思い知った。
 ただ長い時を経て来ただけではない。人間など及びもつかない
力を持つ者たちを束ね、率いる者。この世に生きるもの全てが
従う、大いなる何かの、最も近くに存在する者。
 大天狗は告げた。
「我ら妖は、今、この場で、三志郎に命運を託す。三志郎の撃
符となり、奪われた仲間を連れ戻す戦いに、我らも身を投じる。
異存はないか!」
 一瞬の間を置き、どこかから、声がした。
「長がお決めになられたことならば、我らに異存はありませ
ぬ!」
「同じ撃符妖怪となるのなら、敵に使われるより、仲間を助け
るために戦いとうございます!」
 次々に、そうだ、そうだと声が上がり、広間は俄かに熱を帯
びた。
 そこに、また轟音が被る。細かな揺れ。
 不壊が鋭く言った。
「爺ィ、もう時間がねェぞ」
「判っておる。不壊、お主は小僧を連れて先に行け」
 不壊が頷き、三志郎を打掛けの中に抱き込もうとする。慌て
て、三志郎はその手を払った。
「兄ちゃん?」
「待ってくれ、爺っちゃん!約束は!先刻の約束は、どうなる
んだ!」
 まだ、大天狗は不壊に、何も言っていない。このまま、大天
狗が撃符になってしまったら、誰が不壊を解放してくれるのか。
 今、この状況が何を意味するのか、三志郎にも判っている。
 だが、これだけは譲れない。
 幾百幾千の妖と、不壊一人が、三志郎の中では同じ重さな
のだ。
 大天狗が、ゆったりと首を巡らせ、三志郎を見た。
「すまんが、約束を果たすのは、もう少し先になりそうだ」
「そんな……!」
「だが、おぬしがこの戦いに決着を付けさえすれば、儂が術を
解くのを待たずに、不壊は自由になれる」
 『約束』の中身を察して、不壊が短く息を吸い込んだ。
 三志郎は、右手に握ったままの撃盤に目を落とした。
 大天狗が、更に言う。
「おぬし自身の力で、不壊を解放するか。小僧」
「俺自身の、力で……」
 その時、悲鳴が上がった。
 広間の奥の壁が崩れ、穿たれた大穴から、手足の無い巨大な
海鼠のようなものが覗いていた。
 先刻から城を揺さぶっていたのは、これだったのだ。
 崩れた壁に頭を突っ込んだかと思うと、ぱっくりと大きな口
を開けた。逃げ遅れた妖が捕らえられ、絶叫する。
 大海鼠の口元に白い光が点り、すぐに消えた。


                              (続く)


2008.1.6
2008年最初の駄文更新です。今年もよろしくお願いしますv
ちなみに、Uになってから、あまり三志郎と不壊の濡れ場(濡れ
場…?)がないですが、後半ボロボロ出て来ると思います(笑)