江戸ポルカ U


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 不思議な場所だった。
 果て知れず続く、板張りの廊下。
 左右には、古ぼけて絵柄も消えかけたような唐紙が、これま
た延々と続いている。壁もなければ窓もない。
 窓がないのだから、当然、自然光は一切入らない。光源にな
りそうなものも見当たらない。
 にも関わらず、三志郎には、周りの物がはっきりと見えてい
る。
 不思議な場所。不思議な世界。
「不壊……ここは、どこなんだ?」
「妖怪城」
 三志郎の傍らに立ち、不壊は淡々と応えた。
 その目は、床と天井と唐紙が消失する闇の奥を見ている。
「妖怪城?」
 三志郎が問い返した時だった。
「何奴だ!」
「ひぃっ!」
 大音声が響き渡り、三志郎は飛び上がった。
 ずっしりと重い物が叩きつけられるような音と共に、床が震
動した。何か大きな物が、こちらに向かって近付いて来ている。
 また、声がした。酷く錆付いた、嗄れ声だった。
「妖ではないな。人の匂いがするぞ。何故ここに人間が居る?
……貴様は……!」
 廊下の奥から、声の主が姿を現した。息を呑んで、三志郎は
『それ』を見詰めた。
 身の丈一丈(約3メートル)近くもありそうな、巨大な妖だ
った。高さだけでなく、横幅も人の三倍ほどはある。巨体を包
んでいるのは、修行僧を思わせる白装束だった。
 だが、三志郎が度肝を抜かれたのは、その大きさのせいでは
ない。
 妖の肉体を形作っているもの。それは、何十匹、何百匹という
蛇だった。
 蛇たちは、蠢き、のたうち、絡み合い、文字通り妖の手足と
なっていた。一体、どこからどこまでで一匹なのかも判らない。
もしかすると、分かれているのは頭だけで、尻尾は一本なのかも
しれない。
 時折ちろちろと動く、赤く細長いものは、蛇の舌だろうか。
「不壊!」
 妖が怒鳴った。びりびりと辺りが震える。
「貴様、今の今まで、どこで何をしていた!」
 妖が丸太のような腕を突き出す。忽ちそれは、鎌首をもたげ
た幾匹もの蛇に変わった。カッと赤い口を開き、一点に向かっ
て襲いかかる。
「危ねェ!逃げろ、不壊!」
 叫び、三志郎は振り返った。獲物は、不壊だ。
 だが、不壊は驚きも怯えもしなかった。鼻先で嗤う。
「短気は相変わらずだな。一鬼よ」
「何だと!」
 黒い打掛の袖が翻った。蛇が獲物を見失い、空を噛む。
「どうした?頭に血が昇って、狙いが定まらねェのか?」
「クソッ……ちょろちょろすんじゃねェ!不壊!」
 次々に襲い来る蛇を、猫でもじゃらすようにするりするりと
かわしながら、不壊は確実に妖との間合いを詰めてゆく。
 そして、
「ここを通せ。一鬼」
低く、不壊が言った。手には、最後の一匹を掴んでいる。
「俺は長に会いに来たんだ。邪魔立てするなら、こいつの首を
へし折るぜ」
 ギギッと蛇が嫌な鳴き声を上げた。
 睨み合うこと数秒、『一鬼』と呼ばれた妖が、大きく息を吐き
出した。生臭い風が、三間(約5.4メートル)も離れた三志郎の顔
を撫でる。
 渋々といった調子で、一鬼が尋ねた。
「いいだろう。謁見はお前だけか。それとも、このガキも一緒か」
 ぎろりと睨まれ、一瞬竦みかけたが、三志郎は耐えた。


                             (続く)


2007.11.21
一鬼出せた〜〜〜!!
ところで一鬼の息って生臭そうだと思いませんか?(一鬼ファン
の方、すみません!)