江戸ポルカ U


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 万延元年(1860年)も終わりに近付いた師走の始め、相次い
で三件の火事が起こった。
 最初は花見の名所で知られる飛鳥山で、この季節は店を閉め
ている水茶屋が焼けた。
 二件目はそれから三日とおかず、暗闇坂近くの小さな稲荷権
現で起こり、その二日後には江戸の中心部を大きく跨いで押上
村の西尾隠岐守の下屋敷で起こった。
 乾燥しきった冬のことで、下手をすれば大火事になっていた
ところだが、三件とも人家もまばらな土地であったこと、風が
殆どなかったことが幸いして、類焼は免れた。
 その代わり、火元の燃え方は激しく、飛鳥山の茶屋と暗闇坂
の社は完全に焼け落ち、灰になった。唯一、押上の下屋敷だけ
は、たまたま人手があったお陰で早いうちに消し止められたが、
それでも座敷が三つすっぽり焼けたというから、やはり火の回
りが尋常ではなかったのだろう。
 火気のない場所での出火となると、大抵は付け火が疑われる。
連続して起これば、同一の下手人も考えられるから、火付盗賊
改方まで出て来て、下手人探しに躍起になるのが通常だ。
 だが、この三件は、どれも燃え広がりにくい場所で、しかも
一つ所に固まらず、点在して起きていた。
 そのため、早々に付け火の線は消え、おおかた風で飛んで来
た焚き火の火の粉あたりが火種となって枯葉を焼き、建物にま
で燃え移ってしまったのだろう、ということになった。
 死人が出なかったためだろう。お上の追及は明らかに緩かっ
た。
 しかし、被害者は『人』とは限らない。
 既にこの時、三人の妖が、またも姿を消していたのである。


                 × × ×


 普段から、人も物も騒ぎも集中する日本橋だが、師走となる
と、更にそれが倍増しになる。
 朝のまだ暗いうちから人々は動き始め、日が暮れても尚、彼
らの出入りは止まらない。
 金の回収だ支払いだとお店者は飛び回り、台所事情の苦しい
者は軒並み金策に走る。
 幸いにも、金の心配をすることなく年を越せそうな者であっ
ても、今度は年越しと新年の準備に追われ、結局は忙しない日々
を過ごすことになる。
 日本橋元濱町の老舗料理屋『瓢屋』も例外ではなかった。
 客を上げる商売だけに、普段から建物の隅々まで丁寧に掃除
はされているが、それでも手の回らない場所はあるものだ。
 師走13日、そうした場所も含めて徹底的に一年の穢れを落と
す『煤払い』が行われた。
 この日ばかりは店も閉めきり、皆それぞれに割り当てられた
場所を磨き込む。後から番頭と女中頭が出来を見に回って来る
から、誰も彼も、いつも以上に自分のことで手一杯だ。
 多聞三志郎は一人で、自分を含め三人の小僧が寝起きする狭
い小僧部屋の片付けをしていた。
 寝に帰るだけの部屋とは言っても、毎日使っていればそれな
りに汚れるもので、天井と壁の埃を落とし、畳を拭き、障子や
唐紙の破れを修繕していたら、あっという間に半日が過ぎて
しまった。
「はぁ……終わったぁ……」
 真っ黒に汚れた雑巾を放り出し、三志郎はたった今、水拭き
を済ませたばかりの畳に寝転がった。
 閉じた唐紙の向こうでは、奉公人たちの声が飛び交っている。
廊下を走る足音は床板を震わせ、畳を伝って三志郎の耳元に届
いた。
 首だけを巡らせる。裏庭に面した窓の障子が弱々しい陽射し
を受け、白っぽい光を部屋の中に落としていた。
 瓢屋で迎える、三度目の冬だ。
 天井を見上げ、三志郎は目を閉じた。
 色々な事があった一年だった。特に夏からこっちは事があり
すぎて、半年が一年にも二年にも思えた。
 あの日──早朝、見上げた陰間茶屋の楼台に、『彼』がいた。
思わず見蕩れた三志郎の鼻先に『彼』は落ちて来て、そこから、
一生忘れることの出来ない夏が始まったのだ。
 畳に大の字になったまま、三志郎がつらつらと記憶を辿りか
けた時だった。
 頭の上で突然、何者かの気配が立ち上がったかと思うと、
「さぼってていいのかい?兄ちゃん」
斜に構えたような、だがどこか優しい声が降って来た。


                               (続く)


2007.10.17
不壊もさぼりだと思うんですが…。