クロスオーバー(中編)


「製作者は電気工学博士の阿笠博士か。あの妙な麻酔銃や
変声機、不二子のハーレーと張り合ったスケボーも、博士の
作品かい?」
「博士のことまで……!」
 忽ち、細い眉が険しくなった。鋭い目が、ルパンを睨む。
「調べて、どうするつもり?」
「別に、どうもしやしないさ。ただ、言っておきたいことがあって
な。
当然、名探偵はとっくのとうに判ってんだろうけどな、俺が阿笠
博士を突き止めたのは、そいつの中に組み込まれているチップ
やら何やらのシリアルのお陰さ。
全員揃っても四人やそこらの零細泥棒チームだって、30分も
ありゃあ割り出せちまうんだ。お前さんが相手にしている組織
にとっちゃあ、朝飯の前のお茶の前のトイレっくらい簡単だろ
うよ」
「……組織のことも?」
 ルパンは肩を竦めた。
 知っているどころの騒ぎではない。
 出来ることなら係わり合いになりたくない連中の、最たるも
のだ。
 泥棒稼業は、安全第一。ターゲットにするなら、まっとうな
富豪か、『健全な』悪党相手に限る。
 まったく、厄介な相手を敵に回したものだ。
 だが、説明してやるつもりはなかった。
 仮にも探偵と泥棒、敵同士なのだし、第一それでは、この
めっぽうプライドの高そうな探偵に失礼というものだろう。
 だから、忠告だけしてやりたかったのだ。
「裏の世界は、お前さんが思う以上に、ひっ絡まって出来てい
る。一つネタがあれば、本物もガセも含めて、数百数千の関連
情報があっという間に集まって来るんだ。死にたくないなら、
絶対に、誰にも尻尾を掴ませるんじゃねェ。持ち物一つ、髪の毛
一本、渡さない覚悟をするこった。それと──」
 小さな頭に手を置いた。
 露骨に嫌な顔をされたが、構わずぐしゃりと髪をかき回す。
「さっさと元に戻る方法を見つけな。いつまでもガキのままじゃあ
俺を捕まえるどころか、反対に盗まれっちまうぜ。
コナンちゃん?」
 掌の下で、ぎらりと目が光った気がした。
 子供の姿には不釣合いな笑みを浮かべ、彼は言った。
「そうするよ。わざわざ盗みを予告しに来るような、ふざけた泥棒
を放っておくわけにはいかないからね」

               ×  ×  ×

『はい、これ』
 待ち合わせたオープンエアのカフェに一時間遅れで現れた
不二子は、小ぶりなバーキンから取り出したものを、ルパンの
前に滑らせた。
『何だ、コレ?バッジ?いや、無線機か』
 かの有名なホームズ先生のシルエットと『DETECTIVE BOYS』
の文字が入っている。
 優雅な仕草でルパンの向かいに腰を下ろし、不二子は言った。
『あの子のポケットから、ちょっと借りて来たのよ。感謝して
よね。会う口実を作ってあげたんだから』
『……あの坊主のママさんのファンだった、なんて、俺言ってない
よな?』
『ええ、聞いてないわよ。あの坊やに興味津々で、もう一度会い
たい、なんて話はね』
『すごいねェ、不二子ちゃん。まるで探偵みたいだ』
『冗談でしょ。走り回るばっかりで実入りが悪い仕事なんて、
まっぴらよ』
 近付いて来たギャルソンにエスプレッソを注文して、不二子は
形の良い脚を組み上げた。
 深く切れ込んだスリットが割れ、カフェの客ばかりか道行く男
たちの視線が一斉に彼女に集まる。


                              (続く)


2009.3.28up
いつもながら話が延びちゃった(苦笑)
ので、前中後編に変更です。