クロスオーバー(後編)


 軽い優越感を覚えながら、ルパンは訊ねた。
『それで?名探偵相手にスリの真似事までして、こんな素敵な
プレゼントをしてくれるとは、どういう風の吹き回しかな?』
『何のこと』
『惚けんなよ、不二子。お返しに、何が欲しいんだ?』
 テーブルに右肘を乗せ、不二子が身を乗り出した。
『毒薬、あるいは不老不死薬、APTX4869。盗み出してくれない?
ルパン』
 これだから、女は怖い。

               ×  ×  ×

 ドアを閉めた。
 結局、APTX4869については聞けずじまいだった。
 不二子はぶうぶう言うだろうが、物事にはタイミングというもの
がある。今は、『その時』ではない。
 それに、工藤新一本人から聞き出さなくとも、獲物の情報を集
める方法は、それこそいくらでもある。
 階段を降りかけた時、一階から、男が一人上がって来た。
 学校帰りらしく、黒い学生服姿だった。襟章から、この近辺
の都立高校の生徒だと知れた。
 硬そうな癖毛と、肩幅の広い均整の取れた体つきをしている。
身長は177、8といったところか。若干、やんちゃ坊主の表情が
残ってはいるが、整ったいい顔だった。
「ああ、すみません」
 降りて来るルパンに気付いて、男が壁に寄る。その動きが、
ルパンのセンサーに引っかかった。
 ただの高校生にしては、妙に身ごなしに無駄がない。
 ──何者だ?
 警察関係者ではない。国家という強大な後ろ盾を背負ってい
る彼らには、どんな国であっても必ず特有の『匂い』がある。
この男からは、その『匂い』がしない。
 警察以外で、探偵に用があるとするなら、事件を嗅ぎ回られ
ては困る手合いが飛ばした刺客だが、こんな駅にも商店街にも
近い人目の多い場所で、しかも昼間から殺しをやろうなどと考
えるプロはいない。
 では、何だ。
 僅かに緊張しながら、階段を降りる。
 すれ違う一瞬、男と目が合った。
 コンマ五秒にも満たない時間だったが、それでルパンは悟っ
た。
 『同業者』だ。
 相手も、どうやら同じことを感じ取ったらしい。
 ルパンが一階まで降り、男の視界から出るまで、背中に張り
付いた視線は動かなかった。
 泥棒、それも空き巣狙いのコソ泥などではない。
 あの気の張り詰め方は、尋常ではなかった。
 日本で、国際手配をかけられていた怪盗といったら──と、
記憶の引き出しを開けながら、ポアロの前の道を渡り切ったと
ころで、思い出した。
 国際犯罪者番号1412号。
 通称、怪盗キッド。
 ビッグジュエルばかりを狙い、しかも盗み出しておいて、
後日無傷で持ち主に戻すという、おかしな手口の泥棒だ。
 だが、もう何年も前から消息不明になっていたのではなかっ
たか。たちの悪い連中に当たって、殺されたという噂もあった。
 年齢も合わない。怪盗キッドなら、今は40代半ば、あるい
は50に手が届いていてもおかしくない。
「……そうか」
 息子だ。
 怪盗の血を受け継ぐ、もう一人のキッド。
 初代から二代目へ、名前は引き継がれたのだ。
 立ち止まり、振り返った。
 橙に染まり始めた空の下、探偵事務所の窓に明かりが点るの
が見えた。
 あの怪盗が、一体何の目的で探偵に近付いているのか。興味
が湧いたが、ルパンはすぐに踵を返した。
 それを知るのもまた、タイミングだ。世界中どこにいても、
調べる方法はいくらでもある。
 次元あたりが適任だろう。不二子は駄目だ。ビッグジュエル
など絡んだら、余計な欲を出して事態をややこしくしかねない。
「ま、お互い焦らず行こうや。新人」
 訳ありの探偵に、駆け出しの怪盗。日本に来る楽しみが増え
たというものだ。
 密やかに笑い、ルパンは駅に向かう雑踏に紛れた。


                                了
 
 

2009.3.29up
というわけで、ルパンvsコナン放映おめでとう話でした〜!
キッドも絡めたかったんだもんvほら私、KID×新一だから(笑)
ルパンとキッドで『ビッグジュエル争奪戦』も見てみたいなvvv