クロスオーバー(前編)



 その事務所は、今どきレトロな喫茶店の真上にあった。
 看板によれば、喫茶店の名は『ポアロ』。
 警視庁をドロップアウトした中年男が一人で開業した、はや
らない探偵事務所が『ポアロ』の上だというのが、まるで願掛け
のようで泣かせる。
 その中年男が、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの名探偵だ。
 願掛けが効いたわけではなかろう。客を呼んだのは、お賽銭
の額によってご利益に差をつける神様ではなく、たかだか7歳や
そこらの器に閉じ込められた高校生だったのだから。
 ルパンは、『ポアロ』の階上へ続く階段を上った。
 階段は三階までぶち抜きで続いており、途中の踊り場に二階
フロアに入るドアがあった。
 三階は探偵と娘、それに問題の少年が住む自宅部分で、二階
は事務所になっている。
 ドア越しに、テレビの音がした。
 平日の午後四時少し前。
 女子高生である娘は、部活があるからまだ帰っていない。
 主である探偵も、ほんの二分前、皺だらけのスポーツ新聞を
手に浮かれた足取りで出て行った。この数日の動向からすれば、
行き先はパチンコ屋か雀荘といったところだろう。
 あれで警視庁捜査一課時代は敏腕刑事だったというのだから、
人間やはり見た目では判らないものだ。
 ドアをノックした。
 「はぁい」と聞き覚えのある声が応え、テレビの音が消えた。
「ちょっと待ってね、今開けるから」
 吹き出しそうになった。
 せいぜい小学生らしく振舞っているのだろうが、元が17歳と
知っているだけに、どうにも可笑しい。
 ドアが開く。
「ごめんなさい。今、毛利のおじさんはお留守なんだけど……」
言葉が途切れ、見上げた顔が固まった。
「ル……ルパンさん?」
「よう。元気だったか?坊主」
 工藤新一──江戸川コナンは、眼鏡越しの目を瞬かせていた
が、すぐに後ろに下がり、ドアを大きく開けた。
「おや、入ってもいいのかい?探偵にしちゃあずいぶんと無用心
じゃねェか」
「天下の大泥棒との立ち話を、誰かに聞かれるよりはマシでしょ
う。それに……」
 ルパンの背後で、ドアが閉まった。
「言ったはずだよね。今度会ったら、捕まえるって。なのに、
のこのこ現れたってことは、よほど大切な用事があったからじ
ゃない?」
 ルパンは微笑った。
 大人ならいざ知らず、こんな小さいなりをしていても、本気
で『ルパン三世』を捕まえる気なのだ。
 可能不可能は別として、こういう鼻っ柱の強い手合いは嫌い
ではない。
 そういえば、工藤新一の実母である元女優、工藤有希子も、
そんなタイプだった。
 そしてルパンは、そんな彼女のファンだった。
「相変わらず、天才探偵は何でもお見通しだねえ。まあ、50点
ってとこだけどな」
「50点?」
 コナンが怪訝そうに訊き返す。
「そら、忘れモンだ」
 ルパンが放り投げたものを、慌ててコナンが両手で受け止め
た。
 パイプに鹿撃ち帽、インバネス・コートを纏ったお馴染みの
シルエットと、「DETECTIVE BOYS」の頭文字「D」と「B」の
モチーフ。ご丁寧に無線通信用の小さなアンテナまで装備して
いる。
「探偵団バッジ!」
 コナンが目を見開いた。
「なくしたかと思ってた……どこで、これを?」
「不二子に感謝しろよ。帰りの原潜の中に落ちていたのを拾っ
てくれたんだ」
「原潜で……そうか」
「悪いが、そいつを分解させてもらったぜ」
 はっとコナンが顔を上げた。


                              (続く)


2009.3.27up
昨夜の『ルパン三世 vs 名探偵コナン』に興奮して、その勢い
で書いてしまいました(笑)
前後編でお送りします。

↑と思ったら、延びちゃったので、前中後編になりました(笑)