両親と遠く離れて暮らすことについて、寂しいとか辛いとか、そうい
う感情を持ったことはない。
 幼い頃から、父も母も充分すぎるほどの愛情を傾けてくれていたし、
中学に上がって間もなく、二人が以前からの計画どおり、ロサンゼルス
に居を移すと決めた時も、残ると言ったのは自分の意思だった。
 親には親の、自分には自分の生活があるのだ。無理に重ねる必要はな
い。
 そう思っていたから、コクーンの騒ぎの後、ステージ端で顔を合わせ
た父と、特別言葉を交わさず別れた時も、また、彼が詰め掛けた記者達
に紛れて見えなくなってしまった時も、取り立てて感慨のようなものは
なかった。
 また暫くは会えなくなるな、と、その程度のものだったのだ。
 ──が。
 現実は、コナンが思うほど、一筋縄ではいかないのだった。


            ×  ×  ×


 テレビの画面の中で、ゲームオーバーを知らせるキャラクターが流れ
ていく。せめて一ステージくらいは、と思うが、何度やっても同じとこ
ろで引っかかってしまい、何を隠そう、まだ一度もクリア出来た試しが
ない。
「クソ〜ッ!何なんだよ、もう・・・!」
 悪態を吐きながら、リスタートのボタンを押したコナンは、ゲームに
夢中になるあまり、背後から忍び寄る気配に気がつかなかった。
「うわっ!」
突然、するりと両脇から腕が差し込まれ、コナンは飛び上がった。も
がく間も与えられず、背後の人物に抱き締められる。
落ち着いてみれば、その腕は白いスーツに包まれ、ご丁寧に白手袋ま
でしていた。右肩の前で揺れているのは、モノクルの飾りか。
「・・・・・・キッド!」
 身を捩り振り向くと、唇に微笑を浮かべ、彼は言った。
「こんばんは。ミニ・ホームズ君?」
 何とか腕の中から逃れ、コナンは訝しげに目の前の怪盗を見上げた。
「何でその名前を知ってるんだよ」
『ミニ・ホームズ』とはゲームの中でモリアーティ教授がコナンを指
して言った言葉である。それを何故、この男が知っているのか。
キッドはニヤリと嗤った。
「トマス・シンドラー社長は伝説の『ウミナのエメラルド』の所有者な
んだが、それを今回、日本に持ち込んだらしいと聞いてね」
「テメェ・・・・・・どさくさに紛れて盗んだのか!」
「まさか。今日は下見のつもりでしたから。保管場所と警備状況を確か
めようと思っていたら、あの騒ぎでしょう?スピーカーから聞こえてく
る子供達の会話をずっと聞かせて頂いてましたよ」
「てことは・・・・・・ずっと親父たちと一緒にいたんだな」
「そのとおり」
 答えが返るや否や、風のようにふわりと床に押し倒された。
「あっ、てめ・・・・・・!」
 唇が重なる。滑り込んで来た舌がコナンのそれを絡め取った。強引な
筈なのに、そう感じないのは、優雅な手管のせいかもしれない。
 鼻先に漂うコロンの匂いとキスの感触に、頭の芯が蕩けそうになった
が、
「・・・・・・!」
パジャマをたくし上げられ、コナンはぎくりとした。全身でもがき、ど
うにか逃れると、真上できょとんとしている男に問いかける。
「まさか、こんなところでする気じゃないだろうな」
 蘭も小五郎もぐっすり眠っているだろうが、いつ起き出して来るか判
ったものではない。しかもこの部屋には鍵が付いていないのだ。
「大丈夫、静かにしていれば聞こえませんよ」
「静かにって・・・・・・そういう問題じゃねーんだよ!だからやめろっ
て・・・・・・あッ・・・・・・」
 手袋を嵌めたままの手に口を塞がれる。パジャマのボタンを片手で器
用に外し、胸をはだけさせると、キッドは小さな乳首を口に含んだ。
 ぬるりとした感触に、コナンが身を震わせる。忽ち硬く尖ったそこは、
幾度も甘噛みされ、紅く色を変えた。
 キッドが顔を上げ、ネクタイを緩めた。
「感じるんだろ?このまましちゃおうぜ」
 彼が言い終わるや否や、バスッ、と曇った音がしたかと思うと、コナ
ンの顔から三十センチほどしか離れていないカーペットに穴があいた。
火薬の臭い。
 息を飲み、キッドが振り返る。
その肩越しに見えた人影に、コナンは危うく叫び声を上げそうになっ
た。
 その男は、静かに部屋の中に入って来ると、銃口はキッドに向けたま
ま言った。
「無理強いはどうかと思うがね。まして、相手が私の息子とあっては、
見過ごすわけにもいかないな」
 キッドが静かに立ち上がり、怪盗と推理作家は真正面から向き合う格
好になった。
「無理強いをした覚えはありませんが?」
「ほう?では、この子が抵抗していたように見えたのは、錯覚だったの
かな?コクーンの一件で、一部始終を聞いていて、鼻息荒くした怪盗が、
夜這いをかけに現れるのではないかと思っていたのだが、私の見込み違
いかね」
 ぐっ、とキッドが言葉に詰まった。どうやら図星を突かれたらしい。
コナンが横目で睨んだ。
「私の存在に気付いていたとは・・・・・・流石は世界でも指折りの推理作家
と、賞賛するべきなんでしょうか?」
「いや、遠慮しておくよ。そんな暇があったらもう少し精進することだ。
君の父上なら、気付かせることもなかっただろうな」
 キッドの表情が変わった。
「親父を・・・知っているのか?」
「浅からぬ関係があった、とだけ言っておこうか」
 十年以上も前に、推理作家と怪盗との間にどのような関係があったの
か。頭を巡らせる二人に、優作は重ねた。
「ちなみに黒羽盗一としての彼とは家族ぐるみの付き合いで、ついでに
言うなら『キッド』という通り名を付けたのも、何を隠そうこの私だ」
「全部言ってんじゃねーか!」
 二人の正しい突っ込みに、余裕の微笑を返し、優作は「とにかく」と
続けた。
「私もこれまで放任主義でこの子を育ててきたし、今のこの時代、ホモ
は駄目だなどと否定する気もない。──有希子は泣くかも知れんが。だ
が、これだけは言っておく。レイプは駄目だ。そんなもの、小説世界だ
ってウケるのはポルノ業界くらいのものだ。新一が気持ちを開くまで、
今暫く待つ気はないかね」
 あんぐりと口を開いたまま、コナンは立ち尽くした。
 こいつは一体何を考えているのだろう。
以前から、我が父親ながら判らん奴だと思ってはいたが、これほどと
は思わなかった。
 聞かなくていいぞ、と隣に立つキッドを肘打ちしたコナンだったが、
次に彼が発した言葉を聞いて、倒れそうになった。
「・・・・・・判りました。今夜のところは、父上の意を汲んで、引き上げる
ことに致しましょう」
「いや、だからそこで納得すんじゃねェよ!」
 スーツの片膝をつき、キッドはコナンの頬に顔を寄せると、軽いキス
を落とした。
「次に会う時までには、もう少しだけでも私を好きになっていてくれま
すように」
「あのな・・・・・・もしもし?」
 鼻先で純白のマントが翻ったかと思うと、キッドは窓から外の闇へと
姿を消した。

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