『裏返し』(一部抜粋)


 ふと目を上げると、こちらを見詰める雷信と目が合った。
 余計な話はしていないのに、まるで何かを見ていたかのよう
な顔つきをしていた。
「ひとつ、聞いてもよろしいか」
「内容による」
「何故、本当のことを言わなかったのですか。体は、鬼仮面に
無理矢理奪われたのだと……。三志郎殿ならば、きっと、それ
はそれとして受け止められたでしょうに」
 不壊は目を伏せ、すっと息を吸い込んだ。先刻より朝の匂い
が濃い。土と水と草木の、瑞々しい夏の朝の匂いだ。
 閉ざした瞼の向こうで、雷信の声がした。踏み込み過ぎたと
思っているのだろう。声に微かな躊躇いがあった。
「答えたくなければ、無理には聞きませんが」
「……受け止める奴だからだよ」
 不壊は応えた。目を開ける。
「ガキのくせに、何もかも背負おうとする。そういう奴なんだ、
あの兄ちゃんは。俺が、妖怪城に連れて行った。爺ィと、目の
前で撃符にされた連中が、よってたかってあいつに賭けた」
「我々も、そうですね」
 不壊は頷いた。仕方がないだろう、などという慰めは口にし
なかった。
 たかだか11やそこらの子供に託して待つしかない。どれほど
情けなかろうが、それは動かしがたい事実だ。
「お前らだけじゃない、他にもいる。これまでも、これから先
の戦いの中でも。あいつに何かを託す連中はきっと後を絶たな
い。それでも、あいつは背負うんだ」
 平気な顔で「大丈夫か」と手を伸ばして、それを重荷だとも
思わずに。
「だから、自分のことは教えないのですか。彼の負担にならな
いように」
「四六時中傍にいる俺まで背負っちまったら、あいつはガキに
戻る暇がないだろう」
「貴方は……」
 雷信は暫し黙り、それから軽く首を振った。
「貴方を捻くれ者と言った連中がいたが、あれはあながち間違
いではなかったようだ。確かに捻くれている」
「悪かったな」
 少し、後悔していた。
 雷信は踏み込み過ぎ、こちらは喋りすぎた。
 外の廊下で足音がした。誰かが近付いて来る。
 軽い。子供の足音だ。
「不壊」
 名を呼ぶ声に、不壊は立ち上がった。
「不壊、どこだ?」
雷信が見上げる。
「出立されますか」
「ああ。言っておくが、この話は……」
「承知しています。今聞いた話は全て、私の胸一つに収めてお
きます。貴方の態度が優しさの裏返しだということも含めて」
「雷信」
「無口が身上ですから」
 言って、雷信は微かに笑んだ。
 だが、真実はもう少し違う。
 三志郎に、自分の願いを告げなかった理由。
 怖かったのだ。



2007.11.29 UP
『裏返し』は、アニメ18話の直後です。
雷信兄さんを出してみました。彼は不壊の数少ない理解者だと
思います。