彼と彼の領域 U


「一度じゃない?」
「はい。最初に会った日の翌日も、前の日と同じ場所で会いま
した。それからまた十日くらい後の日曜日にも。ちょうど、友達
と遊びに行く約束をしていたんで、覚えてるんです」
「彼女と話したり、目が合ったりしたことは?」
「ありません。いつもすれ違うだけです。それで、あれって思
って振り返ると、彼女なの」
 すれ違うだけなら、よく出会うだけの近隣の住民かもしれな
い。
 だが、まなみは『夢』まで見ている。見ず知らずの他人では
ない。
 少なくとも、そう思いたいのだろう。
 ココは訊ねた。
「その人のことを、どう思う?」
「どうって……」
「その人は、どうして貴女のところに現れたんだろう?その人
は、貴女にとって、何だと思う?」
 答は判っている。だが、相談者自身の口から聞かなければ、
占い師は動けない。
 そんなココの思惑を察したのか、まなみは小さく一つ頷き、
答えた。
「私、その人が母じゃないかと思うんです。叔父の家を出た私
が、ちゃんと暮らしてるか、心配して様子を見に来てくれたん
じゃないかって」
「探して欲しい人というのは、その、道ですれ違った女性のこ
となんだね」
「はい。最後に見てからもう半年近く経ちますが、あれきり彼女
を見ていません。もし本当に、あの人が母なら、もう一度会い
たい。一緒に暮らしてくれとは言いません。きっと事情がある
んでしょうから。ただ、会って話がしたいんです」
 もし、まなみの言うとおりその女が母親なら、相当深い事情
を抱えていることだろう。
 ──全部、見ていたの?
 まなみ越しに見た光景を思い出し、ココは頭の芯が冷えるよ
うな感覚を味わった。
 ココが見た映像を知らないまなみが、縋るような目をする。
「占いで、あの人を探してもらえませんか。探すだけでいいで
す。会ってどうなるかまでは、怖いから聞きたくない。
……そんなに、持ち合わせもないし」
 傍らに置いたキャンバス地のトートバッグを引き寄せ、おど
けた様子で笑ってみせる。
 だが、表情は固かった。バッグを握り締める指が、白く血の
気を失くしている。
 ココは、息を吐いた。
「判りました。占ってみましょう」
「ありがとうございます!」
「ただし」
 ココは左手を翳すように上げた。
 テーブルに身を乗り出しかけたまなみが、怪訝そうにその手
を見詰める。
「必ず見えるとは限りません。その時は、少し日を置いてもう
一度見ます。勿論、占い料は一回分だけで結構です」
 まなみが、こっくりと頷く。
「判りました。お願いします」
 白に広がる血の赤と、赤い靴。
 また、あの映像を見ることになるのだろうか。
 意識を集中していたココは、トリコが部屋を出て行ったこと
に気付かなかった。


                            (続く)



2010.3.19
意外に今回の、仕事しているココたんが好評なようで、
嬉しいですvvv