彼と彼の領域 U


               ×  ×  ×

 超大型犬トリコがココの家に転がり込んで、三ヶ月が過ぎた。
 体も食欲も態度も規格外に大きいトリコだが、飼い主である
ココには存外従順で、これまで大きなトラブルになったことは
一度もない。
 動物病院で知り合った猫の飼い主、小松によれば、「犬の体
の大きさと、沸点の高さは比例する」のだそうで、それでいけば
トリコは、沸点の高さも規格外、めったに牙を剥かない犬、と
いうことになるのかもしれない。
 だが、そんな彼が頑として譲らないことが二つだけあった。
 一つは、夜の寝場所だ。
 せっかく二階に専用の部屋を用意してやったというのに、そこ
のベッドを使ったのは始めの数日きり。あとは一階の居間で寝
ているらしい。
 寝心地が悪いからとか、ソファに毛が付くからとか、あれこれ
理由を付けてやめさせようとしたのだが、無駄だった。昼間は
二階で過ごしていても、さて寝るかとココが寝室に上がると同時
に、階段を降りていく。
 そして二つ目が、これだ。
「びっくりした……すごく大きい犬ですね。いつも、連れて来て
るんですか?」
 驚愕から漸く立ち直った客──矢本まなみと名乗った──が、
トリコとココを見比べながら訊ねる。
 大人びて見せようとしているが、まだ若い。17、8、いって20歳
そこそこだろう。ノースリーブの白いワンピースに、ストレートの
明るい茶色の髪を長く下ろしている。
 はっきりとした顔立ちと、流行りの濃いめのメイク。それでも
けばけばしく見えないのは、愛嬌のある上向き気味の鼻のお陰
だ。
「不本意ながらね。怖くない?」
「平気です。うちにもいるんですよ。犬じゃなくて、猫ですけど。
可愛いですよね」
「オス猫?」
「メスです。でも、全然女の子らしくないんですよ。お転婆で、
男の子みたいなんです。ブラシかけてやっても、すぐ泥だらけ
のボサボサにしちゃうし、自分より大きな犬や猫にも、平気で
向かって行っちゃうし」
 元は話し好きなのだろう。気持ちがほぐれて来たのか、年相
応の笑みがこぼれた。
「連れて来れば良かったかな。甘えん坊で、しょっちゅう私の
後を付いて来るんですよ。あ、でも嫌がるかな、この子が」
 トリコは、床に胡坐をかいたまま、また一つあくびをした。
まるで興味がないらしい。
「トリコ、お客さんの前で行儀が悪いよ。……大丈夫じゃない
かな。あまり細かいことにこだわらない奴だから」
 猫の知り合いといえばサニーくらいのものだが、何だかだと
言い争いつつも、仲良くやっている。オスのサニーでそれなの
だから、メスならもう少し上手くやれるに違いない。
「じゃあ、今度占ってもらう時は連れて来ます。一人で留守番
させるの、可哀想だし」
 何気なく彼女が口にした言葉を、ココは聞きとがめた。
「ご家族は?面倒みてくれないのかな」
「家族はいません。私、一人暮らしだから」
 目元から、明るさが消える。ココは気を引き締めた。ここか
らが、本題だ。
「占ってもらうのって初めてで、何をどう話せばいいのか……」
 悩みが深いほど、それを語る口は重い。
 たっぷり一分近くも躊躇った末に、まなみは思い切ったよう
に顔を上げ、切り出した。
「お客が何も言わなくても、先生には悩み事が見えるんだって
聞きました。私のも、見えますか?」


                            (続く)



2010.2.7
実家で犬(♂)と猫(♀)を一緒に飼っていたことがありますが、
結構仲良しでしたv