彼と彼の領域 U


 白い帽子に赤い靴。
 かぶって履いて、待ってるの。
 あの人が好きだと言ったから、これは、いつかの目印に。

 占い師さん。教えてください。
 あの人は、私をどう思っていますか。
 あの人と私は、結ばれますか。
 あの人は、いつになったら、私を振り向いてくれますか。
 あの人は──私のことを、覚えていますか。

                × × ×

 占い師を訪ねる人間というのは、入って来る時の所作が面白
いほどよく似ている。
 飛び込み営業のように、満面の笑みで元気に挨拶する者は
(酔客の冷やかしでもない限り)まずいない。
 大抵はおっかなびっくり、伏し目がちに入って来て、おずおず
と挨拶する。下手に声を掛けたら、逃げ出してしまいそうなほど
及び腰の客もいる。
 心の底では、『占い』を非科学的なものだと考えていて、なの
にそんな怪しげな代物に判断を委ねようとしていることへの後
ろめたさから、そういう態度になるのかもしれない。
 あるいは、高い金をふんだくられるのではないかという不安。
明朗会計を謳いながら、その実、明朗なのは最初の十分だけ
で、そこから巧妙に金を引き出して行く、ペテンか詐欺のような
『占い商会』も多いから、まあ無理もないだろう。
 そういう客に対して、ココはことさら、身の潔白を主張しよう
とはしない。
 看板も、店名と一件当たりの料金だけが書かれた、シンプル
なものだ。
 占い師の口は、営業のためにあるのではない。相手を占い、
道を示すためにあるのだ。それ以外の言葉は必要ない。
 料金が高いか妥当か安いか、ココがまっとうな占い師である
かどうかも、客が判断することだ。納得した客は、いずれ次の
客を呼んで来てくれる。
 そうやって、開店以来、ココの店はどこの占いチェーンにも
属さないながら、着実に客数を増やして来た──のだが。
 ここ数日、その信条を撤回するべきか否か、ココは悩んでい
た。
 やはり、時と場合によっては、弁解も必要なのではなかろう
か。
 爽やかな五月晴れの、土曜の朝。
 ココは、いつも以上に念入りに、店先を掃き清めた。
 土曜日は、かきいれ時だ。朝からひっきりなしに客が入り、
閉店まで食事もままならないことも多い。
 そんな忙しい時こそ、掃除は手を抜かず、念入りに行う。
 神聖な占いの場を清めることで、集中力も高まるし、客の方
も、ゴミ溜めみたいな部屋より、清潔な空間で占ってもらう方
が、安心だろう。
 水拭きした雑巾を片付け、手を洗ったところで、ちょうど開店
時刻になった。
 ためらいがちに、ドアがノックされる。
「失礼します」
 若い女の、か細い声だった。例によって例のごとく、俯き加
減でそろそろと入って来る。
「おはようございます。どうぞ、お掛けください」
 穏やかなココの声に、漸くほっとしたように客が顔を上げる。
その顔が、凍りついた。
「犬!」
 ココは、隣を見た。
「まあ……確かに、犬ですけどね」
 やはり、これについては弁解の必要がありそうだ。
 占い部屋の床に座り込み、くあぁ、と退屈そうに欠伸をする
『飼い犬』に向かって、ココは言った。
「トリコ、することがないんだったら、外で遊んで来てくれな
いか?」

                            (続く)



2010.1.30
また始めてしまいました。飼い主ココと飼い犬トリコの物語
です。
「何のことやら?」と思われた方、前作『彼と彼の領域』から
どうぞv