彼と彼の領域〜R〜


               × × ×

サニーとトリコに挟まれた警察官──もとい犯人は、すっかり
観念した様子で、訊かれるままに自分の罪を喋った。
偶然見かけたココに一目惚れして、後を尾けたり、あれこれ調
べ回ったりしたこと。
最近、この辺りを騒がせていた暴行事件は自分の仕業である
こと。
それらは、ココを襲う予行演習であったこと。
襲うにあたって、邪魔になる番犬のトリコを眠らせてしまおうと
したこと──などなど。
20代半ばだろうか。にきび痕の残る横顔に、確かにココは見覚
えがあった。
数日前、この家を訪ね、この界隈で若い男女が家に押し入られ
る事件が相次いでいるから、よくよく気を付けるようにと言い置
いて帰った、あの警察官だ。
勤務中だったのか、紺の制服姿で、傍らには制帽まで転がって
いる。
「病院の薬を、睡眠薬にすり替えたんですね」
「あんたの行動範囲は、全部調べた。あの病院は、いつも昼の
一時から二時半は昼休みで誰もいなくなるんだ。その隙に忍び
込んで、すり替えさせてもらった」
噛み殺されることはなさそうだと安心したのだろう。男はココ
をあんた呼ばわりした。途端に、トリコに歯を剥かれ、また小
さくなる。
「でも、医者がどの薬を使うかなんて判らないでしょう?僕が
いつトリコを連れて行くかだって、貴方に判るわけが……」
「言っただろ……でしょう。『調べた』って。カルテさえ見れば、
あんた……貴方の予約くらいすぐ判ります。それに、医者が
次はどんな処置をするつもりかも。それに合わせて、使いそ
うな薬を入れ替えました」
「他人のカルテを盗み見るたぁ、とんだ泥棒野郎だぜ。どうす
る?ここでバラしちまおうか?」
自分もトリコのカルテを盗み見たことは棚上げして、サニーは
物騒なことを言った。
綺麗な顔をしているだけに、余計に凄みがある。
犯人が「ひぃっ」と彼の制服よりも青くなった。
「やめとけって」
「ンだよ、トリコ。邪魔すんな。こっちはえらい目に遭ったん
だぜ」
ガツンとブーツの爪先で、男の脇腹に蹴りを入れる。犯人が、
うっと呻いて身を折った。
よく見れば、サニーは土足だった。朝になったら廊下と階段
にモップを掛けなければ。
「おら、この腐れデコ助。よくもこの俺に恥かかせてくれたな」
「そんな──俺、いえ私は、別に貴方を狙ったわけじゃああり
ません」
またガツンと蹴りが入った。
「るせ。口答えすんじゃねェよ」
「サニー」
「やめろっつってんだろ」
ココが止めるより先に、トリコが吠えた。
「ここは俺の縄張りだ。勝手に暴れるんじゃねェよ」
「ンなデケェ図体して、何をケチなこと言ってやがんだ!この、
犬!」
「図体は関係ねェだろうが!猫!」
「ンだとォ?誰に向かって口きいてんだ。表出るか、馬鹿犬!」
「おう!望むところだ、出てやらあ!性悪猫!」
自分よりはるかに大きな犬と猫の戦争に、犯人が「ひぃぃ」と
頭を抱えて這いつくばる。
ココは、溜息を吐いた。
「二人とも、ここが僕の家だってこと、判ってるか……?」


                            (続く)



2009.10.11
ふと思ったのですが、ココってテレビ通販で新型モップとか
強力掃除機とか買ってそうな気がします…。