彼と彼の領域〜P〜


              × × ×

酷い一日だった。
いや、酷かったのは、主に午後だ。午前中は普段となんら変わ
らなかった。
いつもどおりに『客』の相手をして、昼飯を食い、そのまま無事
に午後も過ぎるかと思われた。
そこに、あの騒ぎだ。
仕事とはいえ、正直参った。鼻が曲がるどころか、削げ落ちる
かと思った。まったく、割に合わない仕事だ。
こんな仕事、辞めてやろうかと何度思ったか知れない。
だが──と、男はほくそ笑んだ。
辞めなくて良かった。こんないいこともあるのだ。
最初に見かけたのは、三月ほど前だった。
外出のために家から出て来たところで、すれ違ったのだ。
ああいうのを、一目惚れと言うのだろうか。涼しげな目元から
目が離せなくなった。緩い癖のある黒髪も、好みだった。
それからは毎日のように、彼の家に通った。無論、訪問したわ
けではない。
まだ自分たちは『出会って』いないのだ。こちらは彼を知って
いるが、彼はこちらを知らない。『出会い』の前に、まずはよく、
彼のことを知らなくては。
そう考えて、徹底的に彼について調べた。姿を見かけては、そ
の後を尾けてみたりもした。
我ながら素晴らしい行動力だ。
やがて、彼が一人暮らしであること、仕事は占い師で、隣町に
店を構えていること、それが結構流行っていること、などを知っ
た。
朝は10時前に家を出て、11時に店を開け、夜8時には店を閉め
て帰る。定休日は火曜日で、月に一度、最後の日曜も休業だ。
休日は、一人でいることが多い。掃除や洗濯を済ませると、買
い出しに出かけ、途中、図書館に寄ることもあった。
食事は自炊で、外食は滅多にしない。
職業柄、菜食などの制限があるのかと思ったが、普通に肉や魚
も買っているから、単なる料理好きか、外食が好きではないのだ
ろう。
調べているうちに、ますます興味が湧いた。
もっと、彼を知りたい。
誰でも知っているような外側の『プロフィール』ではなく、
もっと深いところ──本当の彼に触れたい。
誰も知らない、見たことのない、自分だけの彼が欲しい。
では、どうすればそれが手に入るのか。
確実に、拒まれることなく、彼を手に入れる方法。
3日考え、4日目に思いついた。ちょうど、事件が起きたのだ。
これだ、と思った。同じ手を使えばいい。似た手口なら、疑われ
るのは、最初の事件を起こした奴だ。
もしそいつが逮捕されれば、たちどころに別の人間の仕業であ
ることが判ってしまうが、そうでない限り、こちらの身は安全だ。
逮捕される前に、蹴りをつければいい。
非常にいい考えに思えたが、いきなり本番に臨むのは、腰が引
けた。何度か予行演習を積んで、それからにしよう。
計画は順調だった。最初のターゲットは女、次いで男と、立て
続けに二件、上手くいった。
いよいよ次は『彼』の番、となった時、予想外の展開になった。
『彼』が突然犬を──それも、規格外の大型犬を飼ったのだ。
下手に近付けば、噛み殺されかねない。
そこで、また一計を案じた。犬に、動きを気付かれなければ
いいのだ。
薬で、犬を眠らせてしまおう。


                            (続く)



2009.9.28
また間が開き過ぎました!すみません(汗)
そろそろ、終盤…謎解き(?)です。