彼と彼の領域〜I〜


               × × ×


「人を観るのを商売にしろ」とココに勧めたのは、母方の叔父
だった。
子供の頃から人の死期を感じ取ったり、失せ物の場所を言い
当てたりしては、周囲から気味悪がられていたココに向かい、
言ったのだ。
「その力は人の役に立つ。今、お前が辛いのは、お前の周りの
連中が、その力を必要としていないからだ。占い師になれ。そう
すりゃお前の力を必要とする者たちが現れる」。
生まれつきココの目は、人には見えないものを見ることが出来
た。それは一般にオーラと呼ばれる光であったり、暗示的な風
景であったりした。
それらを辿ることで、ココは人の寿命や過去の行動、人が内面
に隠し持っている感情などを知っていたのである。
根拠がそこに見えているのだから、ココが意図的に嘘をつかな
い限り、的中率はほぼ百パーセントに近い。
叔父の言葉は正しかった。
少なくとも今、ココの周囲には、ココを恐れ遠ざける者はいな
い。
一般人であった時には、気持ちが悪いと疎ましがられるだけだ
った能力は、一度占い師の看板を上げた途端、よく当たる、
素晴らしいともてはやされるようになった。開業してから丸三
年になるが、客に事欠いたことは一度もない。
それでも、いまだにココはこの力を誇る気にはなれなかった。
それどころか、いっそ綺麗さっぱり、消えてなくなればいいの
にと思うことさえある。
『見たくないものまで見てしまった』時がそうだ。
過去や未来の風景よりも、心象を覗き見た時に、それは多い。
仕事を始めたばかりの頃は、毒気に当てられたようになって、
丸一日寝付いてしまったこともある。
今ではずいぶん慣れたが、それでもたまにとんでもない依頼
人に当たって、激しい衝撃を受けることがある。
そんな日は決まって、夢とも記憶ともつかない映像に、夜通
しうなされた。
 
砂漠のただ中に一人、ココは立っていた。
茫漠とした砂の風景に、動くものは見えない。白茶けた空を
見上げても、飛ぶ鳥一羽いない。
誰か。
自分以外の存在を探して、歩き出す。
一人でいることがこの上なく寂しく、やりきれなかった。
誰か。誰か、いてくれ。
行けども行けども砂漠の果ては見えず、人影もない。次第に、
焦りが芽生え始めた。
このまま、誰とも会わず、誰と話すこともなく、一生を終え
るのか。自分は皆から置き去りにされたのではないか。
鼓動が速まり、前へ進む足も早くなった。
誰か。誰か。
──……!
声を聞いた気がして、立ち止まった。
靴の下で、砂が音を立てる。
見回したが、誰もいなかった。気のせいか、とまた歩き出し
た時、再び声がした。
砂を踏み、止まる。
微かな声がしていた。少しでも風が吹けば、忽ちかき消され
てしまうほど、微かな声。
誰だ。どこにいる。
駆け出そうとした足が、ずぶりと砂にめり込んだ。途端、声
が大きくなった気がした。
──……けて……。
足元に目を落とし、ココは総毛立った。
靴の下にあったのは、砂漠の砂ではなかった。無数の、砂粒
ほど小さな、人間の顔だった。人の顔の上に、ココは立ってい
たのである。


                            (続く)



2009.6.11
子供時代のトラウマで、ココたんは上手に泣けない子なんじゃ
ないかと思います。