彼と彼の領域〜G〜


にやりと嗤う。
「あれは人間にしちゃ上出来だ。お前、趣味は悪くなさそうだな」
「何言ってんだ?」
「惚けんなって。面食い同士で引っ付いたんだろ?」
「メンクイ?」
ますます判らない。首を傾げるトリコを置き去りに、猫は得々
と語り出した。
「人間ってのは、現金な生き物だよな。どいつもこいつも、俺ら
犬猫を見てくれで選びやがる。二言目には『カワイイ!』だ。
ま、逆に言えば、美しくさえしておけば食いっぱぐれはないっ
てことだが……」
したたかな仕草で、目を瞬く。睫毛がやけに長かった。
「笑えね?てめェが面の皮一枚で俺たちに値踏みされてるなん
て、あいつら夢にも思ってないんだぜ。まったく、おめでた過ぎ
て笑っちまうよ。こっちだって、どうせ飼われるならブサイクより
美しい飼い主のがいいに決まってんじゃねェか。なあ?」
やっと判った。
面食いの人間と、面食いの犬。だからお前も、あいつに飼われ
たんだろ──と、そういうことらしい。
トリコは首を振った。
「違ェよ。俺はココの見目が気に入って転がり込んだわけじゃ
ねェし、ココも、お前が言うような人間じゃない。それに……」
鼻白んだように顎を引く猫に、トリコは言った。
「お前の飼い主だって、違うんじゃないのか」
これという根拠はなかった。
この猫のことすら、トリコはろくに知らないのだ。まして飼い
主のことなど、知るはずもない。
だが、今の飼い主だという男の、人好きのする顔や、刑務所の
屋根を眺めていた猫の様子を見る限り、彼の言う『見てくれで
しか犬猫を選ばない』愚かな人間とは思えなかった。
猫は1、2秒、間をおき、それから、
「まあな」
と、ぽつんと言った。
「あいつらは、別だ」
また視線を刑務所の屋根に投げる。白い横顔には、表情がなか
った。
何も感じていないような顔をして、猫はただじっと、かつての
飼い主のいる建物を見詰めている。
トリコは、抱えていた袋から、串を一本抜いた。
「やる」
猫が振り返った。突き出された串とトリコの顔を交互に見る。
「遠慮すんな。食え」
串を軽く振ってみせると、飛び散るタレを避けて、猫はひと言、
「皮がいい」
「お前なあ!」
カチンと来た。こっちは親切で分けてやろうとしているのに、
何て言い草だ。
怒るトリコを意にも介さず、猫は言った。
「コラーゲンが肌にいんだよ。今日の食事が十年後の美を作る
んだ」
十年、ここで待つつもりなのか。
腹立たしいのに何も言い返せなくなって、トリコは結局、
「食え!」
と一本、鶏皮(塩)を抜き出した。

               × × ×

「──それで、ずっとコンテナの上で一緒に焼き鳥を食べてい
たのかい?」
午後七時。
ココが作った夕食を、口いっぱいに頬張りながら、トリコは
「ふんにゃ」と猫のような声を出した。
いくら猫と一緒にいたからといって、口調まで猫になるわけが
ない。同時に首を横に振ったところを見ると、どうやら「いい
や」と返事をしたらしかった。
「皮食ったら、さっさと帰っちまった。まったく、愛想のねェ奴
だぜ」


                            (続く)



2009.5.27
私はナンコツとレバーが好きです。(←どうでもいい)