DEEP DEEP・D


 言ってから、苦笑した。
「それも良し悪しか。あまり有名になり過ぎると、また厄介な
連中が嗅ぎ付けるかもしれないしな」
「落ち着いたら、一度IGOに連絡を入れようと思ってる。いつ
までも逃げてばかりもいられないしな。
一定量の血液を提供するのと引き換えに、解放してもらえる
よう交渉するつもりだ」
「上手くことが運べばいいけどな。相手が交渉のテーブルに
『お行儀良く』着いてくれるとは限らねェぞ」
「判ってるよ」
 謀略、篭絡、やらずぶったくりはIGOの十八番だ。献血程度
の交換条件で、これまで十年以上も手をかけ育てて来た美食
屋を、みすみす手放すとは思えない。覚悟はあった。
「着かないなら、着かせるまでさ。……多少、手荒な手段を使
ってもね」
「美食屋の仕事は、どうする気だ?これきり辞めちまうのか?」
「判らない」
 嘘ではなかった。決めかねていたのだ。
 最初の一年は、辞めるつもりでいた。
 だが、離れて二年経った今、未完成のフルコースに、心が揺
れている。
 内容がその美食屋の力量を示す、オリジナルのフルコース。
 だから美食屋は皆躍起になるのだが、それだけの目的なら、
未完成のままでも構わなかった。
 それだけではないから、迷っている。
 金や地位、誰かの思惑のためではない、美食屋の仕事の、本
当の楽しさを知っているから、迷っているのだ。
「いいんじゃねェの?」
 気楽そうにトリコが言った。
「今すぐ決めなきゃいけねェモンでもないだろう。クビになるわけ
でなし、気が済むまで考えて決めたらいい。美食屋じゃなくとも、
フルコースメニューは作れるんだしな」
「……ああ、そうだな」
「それより」
と、トリコが身を乗り出した。
「折角来たんだ。一丁、俺のことも占ってくれよ」
「お前を?」
 どういう風の吹き回しだろう。占いなど、信じないタイプだと
思っていたのだが。
「タダにしろなんて言わねェよ。ちゃんと占い料も払うぜ。
一件三千円だろ」
 ヒップポケットから、使い込んでくたびれた財布を引っ張り
出す。妙なところで律儀な男だ。
 ココは笑った。
「要らないよ。それで?何を占って欲しいんだ?」
「俺のフルコースの一品目さ。いつ、どれが最初に決まるのか
を知りたい」
「お前がそれを知りたがるのか。意外だな」
「占いなんて、当たるも八卦、当たらぬも八卦だ。当たらなく
ても腹は立たねェし、当面の目安にするにはもってこいだろ」
「失礼な奴だな」
 一つ溜息を吐き、ココはトリコを見詰めた。
 オーラの色だけなら、さほど意識しなくとも実在する物体と
同じように見える。
 怒りの波動は、既に消えていた。
 荒々しい赤とオレンジのオーラが絶えず放出され、輝いてい
る。
 呼吸を深くし、眉間に意識を集めた。


                            (続く)



2009.3.1
トリコは占いは信じないけど、ココたんの「目」は信じてますから。
ついでに言うなら、別に男が好きなんじゃなくて、たまたま好きに
なったのが、男であるココたんだったと(←どうでもいい)