DEEP DEEP


 「ありがとうございました」
 テーブルを挟み、ココの言葉に聞き入っていた娘が、ぺこり
と頭を下げた。
 16、7だろう。近隣の学校の制服に薄いメイク。本の形状が
見当たらない鞄にじゃらじゃらと付けたアクセサリーの類は、
ココが目を凝らすまでもなく、学校が彼女にとって勉強では
なく遊びと恋愛の場所なのだということを教えている。
「3000円、だよね」
 高校生には不釣り合いな高級ブランドの財布から札を抜き、
「はい、ぴったり!」
テーブルに置いた。
「友達から、すっごい当たるって聞いて来たけど、ホントだね。
マジ?ってくらい当たってた。鳥肌立っちゃったよ」
「そりゃどうも」
「こんな占い横丁なんて地味なとこじゃなくて、もっと人が
来るとこに店出せばいいのに。アタシがよく行くクラブとかさ。
いるんだよ、フロアにコーナー作ってお客呼んでる占い師。
ココ……様なら、顔もいけてるから、すぐ人気出そう」
 並んでいる間に、周囲の大人たちの会話を聞いたのだろう。
取って付けたように「様」を付けて呼んだ。
 ココは苦笑した。
「いいんだよ、別に人気なんか出なくても」
「なんで?」
 少女は目を丸くした。
「ダメじゃん。人気なかったらお金になんないよー」
 金なら、もう一生遊んで暮らせるだけ持っている。
 働いているのは、何もしないでいると、つまらないこと
ばかり考えてしまいそうだからだ。
 沈黙するココに構わず、少女は続ける。
「やっぱさあ、やるからには稼がなきゃでしょ。それに、ユー
メーになった方がイイコトいっぱいあるじゃん?」
「そうかな」
「そうだよ」
 有名になり過ぎて、ココを知る者のいない、この町まで逃げ
て来たのだと知ったら、この少女はどんな顔をするだろう。
 だが、それは言わず、ココは壁の時計を見上げた。
「貴重なご意見、ありがとう。さて、君で最後かな」
 時刻は午後6時50分。7時の閉店まで、あと10分を残すのみだ。
「ううん」と、少女は首を振った。
「もう一人いたよ。チョーでかい男」
「へえ?トレーダーかな」
「そういう感じじゃなかった。スーツ着てないし。こう……」
と、指で目の下を掻く真似をし、
「左目ん下に三本傷があった。強面だけど、ちょっとイイ男」
 ココは息を呑んだ。
 じゃあね、と少女が手を振り、出て行く。
 それに言葉を返すことも出来なかった。
 次の人。呼ぼうとして、躊躇った。
 そのまま1分。
 どうする。呼び入れるか。それとも、このまま痺れを切らし
て帰るのを待つか。
 いや、そんな相手ではない。ここまで来ておいて、何も言わ
ずに帰るような男なら、あの日、ココは彼から逃げ出す必要も
なかった。
 焦れたように、ドアの向こうから声がした。
「――俺だ。入るぞ」
 恐れていた声に、ココは顔を上げた。
 入るな。来るな。
 その言葉もまた、喉の奥で止まった。
 ドアが開く。
 のっそりと、大きな影が入って来る。
 狭い占い部屋を埋める、圧倒的な体躯。
「久しぶりだな。ココ」
「……トリコ」
 男の目元に走る三本の傷痕を、ココは呆然と見上げた。


                            (続く)



2009.1.27
初書きのトリコです。トリココです。
時期的には、2巻の再会の、3年前ということで。
はめてくれた猿人さん、ありがとう!この話は貴女に捧げますv