〜カンナ町二丁目島田道場・2.5〜



        
       八、 コマチの探し人(後編)


 コマチがしょんぼりと肩を落とす。
「このままじゃあ、姉様、お家を出されちゃいます……昨日だ
ってタコモールの教会に行かなきゃいけなかったのに……」
「は?」
「タコモール?」
 一様に怪訝な顔をする大人たちを見回し、「知らないです
か?」とコマチは聞いた。
 知らない。
 カンナ町の住人ではない五郎兵衛は勿論、平八も久蔵も聞い
たことがないのだろう。玩具のデモンストレーションよろしく
一斉に首を横に振っている。
「タコモールっていうのは、あの、大きい道の向うにある商店
街のことです。カンナ商店街」
「ああ、そうか……」
 そう言われれば判る。七郎次は頷いた。
「コマチさんたちはタコモールって呼んでるんですか?」
「前はカンナ商店街って呼んでました。この前、ミクマリ祭の
時に、タコモールって言うんだって教わったです」
「誰から?」
「たこ焼き屋のおじさん達から」
「ううむ……」
 たこ焼き屋に教えられた、タコモールか。
 一瞬落ちた静けさを、突如、厳つい男の声がぶち破った。
『コマチ坊よう!お前はホンットにいい子だなあ!』
「おっちゃま?」
「キクチヨくん?」
 コマチと平八が、額を寄せるようにしてモニタを覗き込む。
狭い液晶の中で、キクチヨは大きな顔を白いハンカチに押し付
け、号泣していた。
「おっちゃま、どうしたですか?」
『どうしたもこうしたもあるかい!いーい話じゃねェか!ええ?
こんな年端もいかねえ娘っこがよう!姉ちゃんのために小さい
胸を痛めて』
 コマチがプンとむくれた。
「今は小さくとも、大人になれば巨乳になるかもしれません!」
『そーいうことじゃなくてだな……まあ、それならそれでイイ
コトだけどな。いやいや、今はそんな話をしてるんじゃねェん
だよ。とにかく、ヘイハチよう!お前、何とかしてやれよ!』
「結局そこで私に振るんですか?何とかって言ったって……」
 縋るように平八に見詰められたが、こちらも良い案など思い
つかない。七郎次は、さりげなく目を逸らした。
 久蔵に至っては、窓の外をじっと睨みつけたきり、こちらを
見ようともしない。『触らぬ神に祟りなし』というところか。
 確かに、キクチヨでなくとも、健気な妹だとは思う。何とか
してやりたいのは山々なのだが、しかし──。
「して差し上げられることは、そう無いですよ。何しろ、キラ
ラ殿という、そのお嬢さんにすら、面識が無いんですから。
そんな私たちに出来ることと言ったら、せいぜいそのキララ殿
の想い人を突き止めて、因果を……」
 言いかけて気付いた。
 駄目だ。そんなことをしても意味がない。
 途切れた台詞の先を、五郎兵衛が引き取った。
「因果を含める、か?そりゃ意味がないなあ。キララ殿がこっ
そり片恋をしているだけでは、相手の男は知る由もない……と、
そういうことだろう?シチさんや」
 片目を瞑る。
「そういうことです」
 七郎次は苦笑した。
「因果を含めるべきはキララ殿であって、想われている男の方
じゃない。かといって、年頃のお嬢さんに、そんな話をするの
もねえ……」
 女子高生など、恋をするのが仕事のようなものだろうに。
 誰からともなく溜息が漏れた。
 するりと、コマチが椅子から滑り降りる。
「おトイレ、貸してください」
 奥にコマチが姿を消すなり、キクチヨが声を張り上げた。
『何だ何だ!大の男が四人も揃って、幼稚園児一人助けられねェ
のかよ!カーッ!なっさけねェなあ!』
「そうは言いますけどね、キクチヨくん」
『黙れヘイハチ!てめェ、見損なったぞ!こうなったら俺一人
でもコマチ坊を助けてやらあ!』
「一人で、って、どうやって?」
『どうって……そりゃあ……』
 赤い兜が、見る間に萎む。
『そりゃあ、やりようなんて、色々と……』
「色々って?具体的にどうするんです?」
 見損なったと言われたのが癇に障ったのか、平八の追及は厳
しい。
『色々は、色々だよ!いちいち細かいんだよ、てめェは!』
「要するに何も考えてないんじゃないですか。自分も助けられ
ないくせに、人にどうこう偉そうなこと言わないで下さい」
『何だと!』
「まあまあ、二人とも落ち着いて……」
 見かねて割って入ったものの、その七郎次にも策があるわけ
ではない。
「ともかくも、まずはその想われている相手とやらを探しまし
ょう。話はそれからです」
 五郎兵衛が賛同した。
「そうだな。案外そいつ本人に事情を説明して、キララ殿と
二人で話をしてもらった方が、早いかもしれんぞ」
 それもそうだ。
 人の恋路を邪魔する奴は──という言葉があるが、この手の
話は第三者が絡むほど、ろくなことがない。
「じゃあ、その問題の男を見つける方法ですが……」
 その時だった。
 久蔵が振り返り、鋭く言った。
「来たぞ」
「え?」
 ドアチャイムが鳴り響く。
 篠突く雨音と共に現れたのは、個性的な格好の二人組だった。

 
                     「九、 役者は揃った!」に続く


2007.3.9
コマチは大人になったら巨乳になる気がします。
そして島田道場シリーズのヘイちゃんは、口達者です。ゴロさん、
尻に敷かれるな…きっと。(でもこの前読者様から「尻に敷かれる
くらいでOKですよ!」とお許し頂いたので、その路線でいきましょう)