〜カンナ町二丁目島田道場・2.5〜



        
       五、 勝四郎、推理する

島田家で岡本夫妻と島田夫妻もとい師範、師範代が向かい合って
いた、ちょうどその頃。
勝四郎は、聖ミクマリ学園の校門前に立っていた。
キララは、警察に相談するよう祖母を説得すると言って入って行っ
たきり、まだ戻って来ない。もうすぐ20分が過ぎようとしている。
日は落ちて、辺りはもう大分暗かった。キララと二人で手分けして
コマチが行きそうな場所を当たるにしても、この時間からでは難し
そうだ。
人手が足りない。
ふと、勘兵衛と七郎次の顔が浮かんだ。相談すれば、彼らのことだ。
きっと何かしら、手でも知恵でも貸してくれるだろう。
だが。
勝四郎は首を振った。
これについては、誰の助けも借りたくない。何しろ、困っている
のは、ずっと憧れ続けていたキララなのだ。自分で助けなければ、
意味が無い。
それに、もし勘兵衛たちに相談すれば、まず間違いなく『彼』と
顔を合わせることになるだろう。
──久蔵殿。
冷たい赤褐色の瞳と、癖のある金髪。しなやかそうな細い躰。
思い浮かべた途端、頬が熱くなった。
慌てて声に出し、自分に言い聞かせる。
「い、今、考えるべきはキララ殿のことだ!一体、キララ殿は何を
しているのだ?遅いではないか」
苛々と校門の中を覗き込むと、キセノン灯の青白い光の中を、
赤い傘がこちらへ向かって来るのが見えた。
キララだった。
勝四郎と顔を合わせると、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「遅くなりました。祖母がなかなか首を縦に振ってくれなくて……。
一応頼んでは来ましたが、ちゃんと警察へ話をしてくれるかどうか」
何故、それほど頑なに警察を嫌うのだろう。
いささか妙な気はしたが、それに拘っている時間はない。
「判りました。とにかく、遅くならないうちに、探せるだけ探しま
しょう。何か、手掛かりになるようなものは、思い付きましたか?」
「勝四郎様に言われてから、そのことをずっと考えていたのですけ
れど、ごめんなさい。やっぱり何も思い付きませんでした」
「何でも良いのです。一見すると全く怪しくないことかもしれない」
「例えば、どんな?」
問い返され、応えに窮した。
『一見怪しく見えなさそうなものが、実は最も怪しい』とは、つい
先日読んだ推理小説で探偵が口にしていた台詞なのだが、それは
富裕な老人が殺害される事件で、幼女誘拐事件ではなかった。
今回のような場合は、何が鍵になるのだろう?
「例えば……そうですね、コマチさんに求愛して断られた男がいた、
 とか」
「幼稚園児に、ですか?」
それではロリコンのストーカーだ。充分怪しい。
キララが眉を顰め、慌てて勝四郎は言い直した。
「新しい友達が出来たとか。ほら、転校して来たばかりの同級生の
 家に遊びに行ったとか。そういうことはありませんでしたか?」
キララは首を横に振った。
「ありません。ミクマリ学園は、年度途中からの転入は認めていな
 いんです。それに、入園する時に、全員身元は厳重に調査されて
 いますから、おかしな人間が入り込む余地はありません」
流石は名門女子校というわけだ。
勝四郎は更に考え込んだ。
「と、なると、やはり外部の人間ですね。おかしな人間がウロウロ
 していれば、すぐに目に付くでしょうから、そういう類ではなく
 ……最近、知らない人間と接触するような機会は、ありませんで
 したか?幼稚園の行事か何かで」
「行事……あ!」
キララが小さく叫んだ。
「ミクマリ祭がありました!」
「みくまりまつり?」
早口言葉のようだ。舌を噛みそうになりながら鸚鵡返す勝四郎を
見上げ、キララは頷いた。
「学園全体の文化祭のようなものです。つい半月ほど前に、外部の
 方々も招いて大々的にやったんですが、確か幼稚舎でも屋台を
 呼んで、子供たちに焼きそばやタコ焼きを振舞ったとか」
それだ。
屋台を引いているテキ屋なら、怪しまれることなく、子供たちと
話をすることも出来るだろう。コマチ自身が喋らないなら、他の
子供に聞いたって良い。口は幾つでもあるのだ。
──この中で、一番お金持ちのお家の子は、誰?
──よく判んないけど、コマチちゃんはすごいよ。
  この学校の理事長先生のお家の子だもの。
「PTAからは、外部の人間を入れることに反対する声もあった
 みたいです。おかしな言葉を覚えて来た、とかで……」
「おかしな言葉?」
「ええ。そういえばコマチも妙なことを口にしていたような気がし
 ます。具体的にどんな言葉だったかは、よく覚えていないのです
 が」
いずれにしても、その祭で会ったテキ屋は、調べてみる価値があ
りそうだ。
「キララ殿、その時、屋台を引いていた方々の連絡先は判りますか」
「私は判りませんが、確かあれは、カンナ商店街の会長さんの紹介
 でしたから、その方に聞けば判ると思います。……勝四郎様?」
キララがハッとした。
「もしかして、その屋台の方たちが……コマチを?」
「一見怪しくなさそうでいて、実は一番怪しい者、かもしれません。
 行ってみましょう」
「はい!」
漸く現れた手掛かりに、キララの顔が輝く。
連れ立ってカンナ商店街へと歩き出しながら、ふと勝四郎は、つま
らないことに気付いた。
キララも『オクトーブ』ではなく『カンナ商店街』と呼んでいた。
やはり、あの商店街の改名は失敗だったのだ。



                     「六、 不審者現る」に続く


2006.12.13
カツンは意外に推理小説好きです。
尊敬する探偵は、金田一耕介とエラリー・クィーン。昼休みに
同級生を捕まえて、いかに彼らが素晴らしい探偵かを得々と
語っていそうです。