〜カンナ町二丁目島田道場・2.5〜



        二、悪戯か、誘拐か?

「……つまり、話を整理すると、妹御が幼稚園からいなくなり、それ
 がもしかすると誘拐かもしれない、と、そういうことですか?」
「はい……」
キララは力なく頷き、俯いた。長い髪が胸元に落ちかかる。
以前から恋焦がれていた勝四郎は勿論、店に入って来る客の男たち
までが、思わず目を留めてしまうほどの美少女だった。
国道を挟んで二丁目とは逆側にある商店街『オクトーブ』のバーガー
ショップで、二人は向き合っていた。時刻は四時前、店内は学生や
営業途中のサラリーマンで賑わっている。バス路線の関係で、国道
のこちら側はそこそこに繁盛しているのだ。
ちなみに、この商店街、元の名前は『カンナ商店街』という至って
平凡な名前だった。
それが二年前、地元から区議会議員が出たのを機に、地域活性化と
称して、改名することになり、
『カンナ→神無→神無月→十月→October→オクトーブ』
という安直極まりない連想で、今の名前に変わった。
ところがこれが地元住民には全く不評で、誰もこの新しい名前など
使っていない。大人には「カンナ商店街」でまかり通り、中学生以下
の子供達に至っては、「オクト」から「オクトパス」を連想したらし
く、「タコ」あるいは「タコ通り」という原型も留めない仇名で呼ん
でいる。
──それはともかく。
憧れのキララと思いがけず知り合えたのは嬉しいものの、内容が
内容だけに緩んだ顔も出来ない勝四郎は、咳払い一つ、表情を引き
締めた。
「しかし、誘拐とは穏やかではないですね」
「考えすぎだと仰りたいのですね?ですが、これには理由があるの
 です」
そう言ってキララは、スカートのポケットから半分に折り畳んだ
封筒を取り出し、テーブルに置いた。
「中を見ても?」
「構いません。どうぞ」
封筒を開けると、中には白い紙が一枚入っていた。定規を使って書い
たような鈎文字で、筆跡を誤魔化している。
「これは……」
勝四郎は顔色を変えた。
『水分コマチは預かった。返して欲しければ、三千万円を用意しろ。
 明日午前七時、自宅に電話する。警察に知らせれば、命はない』。
「学校のポストに、私宛で入っていたと……事務の方から先ほど」
「それで妹さんを探しておられたのですね。この脅迫状には、警察
 には知らせるなとありますが、警察の方へは?」
キララは唇を噛み、首を横に振った。
「祖母に──私どもの祖母は、学園の理事長をしているのですが──
 この脅迫状を見せましたら、絶対に警察には知らせるな、と……」
「何故です?」
「祖母は、以前から警察をあまり信用していないのです。明日になれ
 ば犯人から電話が来るのだから、その指示に従う振りをしてコマチ
 を取り戻そう、と言っています。でも、私はどうしても不安で……」
外に探しに出て、勝四郎を呼び止めたというわけだ。
「何かの間違いか、悪い悪戯かもしれない、とも思いまして」
血縁者に警察関係者がいるせいもあるが、勝四郎にはそこまで警察
が信用出来ないという気持ちが判らない。
「とにかく、もう一度お祖母様と相談して、警察には知らせておくこと
 を勧めます。それから、二人で心当たりを探してみましょう」
キララが「え?」と顔を上げた。
「二人で……?」
問い返されて初めて、自分が口にした言葉に気付き、勝四郎は赤面
した。
「いや、あの、一人より二人で探した方が、きっと見つかる確率も高い
 というか、気持ちが挫けないというか、その……」
 今日までの勝四郎の行動を知らないキララは、いたく感激したらしく
『親切な通りがかりの人』を見上げ、頭を下げた。
「ありがとうございます。見ず知らずの方に、ここまでして頂けるなん
 て……」
「いや、それほど大したことでは」
「毎日、神棚にお供え物をしていた甲斐がありました」
「は?」
妙な発言を聞いた気がして勝四郎は首を傾げたが、
「そうと決まれば善は急げ、ですわね。さあ参りましょう、勝四郎様」
既にキララは席を立ち、店の出入口に向かっている。
釈然としないまま、勝四郎はセーラー服の後ろ姿を追った。
 

                     「三、コマチ、キクチヨに会う」に続く


2006.10.28
うちの勝四郎、気が多い人ですみません。
でもこの子は将来総攻になれる貴重な人材だと思われます。
キララは結構いい性格です。魔性の女というより、強突く(すみません)