2×2(カルテット)〜抜粋〜

 
 いざ泥棒退治と意気込んではみたものの、どうやって捕まえ
るかが問題だった。いつ来るのかも知れないものを待つのは、
難しい。
 毎晩、二人して居間に泊り込めば、フエたちだって何事かと
思うだろうし、かといって、二階にいたのでは外の様子が判ら
ない。
 なけなしの脳味噌を振り絞って考えた結果、庭の隅に潜んで
張り込むことになった。
 庭に入るには、裏の玄関側から回りこんで来るか、隣家の庭
から垣根を潜って来るか、その二つに一つだ。ちょうどいい具
合に、店舗部分のエアコンの室外機が大きく張り出し、死角に
なっている。その陰に隠れることにした。
 放課後、一度店に寄って様子を確認し、それから家に戻って
仮眠を取る。夕食が済むとここに蹲り、夜明けまで番犬よろし
く目を光らせる。
 そんな日が、十日続いていた。
「早々に夏休みに入ってくれて良かったぜ。でなきゃ授業中寝
まくってるとこだった」
 今夜も室外機の陰に蹲り、ぺちん、と蚊を叩きながら、潜め
た声で三志郎(弟)が言った。兄も苦笑する。
「いくら夕方寝てるって言っても、やっぱり夜、眠れないのは
辛いよな」
「一体いつまで続くんだろうな?こんな生活」
 また、ぺちん。
「そんな長いことはないと思うんだ。あんまり間を空けたら、
折角下見した意味がなくなっちまうだろ?」
「そっか。じゃあきっと、もうそろそろ来るな」
 弟も黙り、兄は耳を澄ました。
 どこかで犬が吼えている。来たか、と思ったが、違ったよう
だ。鳴き声はすぐに止み、また静寂が下りる。
 ほっと小さく息を吐いた三志郎(弟)が、「あのさ」と切り出
した。
 珍しく、躊躇っているようだ。
「何?」
「お前、ずっと一階で寝てるじゃん。部屋に入れてくれって、
フエに頼まねェの?」
「頼んだよ。でも、駄目だって断られた」
「怒られたか?」
「怒りはしねェよ、フエは。あいつが怒ったとこなんて、一度
も見たことねェ。お前は?」
 問い返すと、三志郎(弟)は、照れたような笑みを浮かべた。
「俺は滅茶苦茶怒られたぜ。何度頼んでも、駄目だの一点張り
だったから、こうなったら実力行使だー!って、不壊が寝てる
時にベッドに潜り込んだんだ」
 我が弟ながら大胆な奴だと、三志郎(兄)は半ば感心し、半
ば呆れた。
「そりゃあ不壊じゃなくとも怒るだろ。グーで殴られたか?」
「グーじゃないけど、平手でひっぱたかれた」
 その時のことを思い出したらしい。三志郎(弟)は左頬を擦
った。
「痛そうだな」
「おお、すげェ痛かったぜ。でも、謝ったら許してくれてさ。
それからは、言えば一緒に寝かせてくれるようになった」
「ふぅん……」
「お前も、もう少し強引に頼み込めばいいのに。そしたら、聞
いてくれるんじゃねェ?」
「うん……でも」
 今度は別のところで犬が吼え、またすぐに鳴き止んだ。
「俺、待ってんだ」
「何を?」
「フエが、自分で部屋のドア開けてくれるのを」
「それって、いつまでかかるか判ンねェじゃん」
 弟が唇を尖らせた。気持ちは判る。自分もそう気の長い方
ではない。
 それでも待ちたい理由があるのだ。
 綺麗だけれど、冷たい横顔を思い出しながら、三志郎(兄)
は言った。
「フエなぁ、怒りもしねェけど、その代わり、笑いもしねェん
だよ。何つーかこう、感情が薄いっていうか、周りの何にも興
味がないっていうか。だから多分、俺が無理矢理押せば、部屋
には入れてくれるだろうと思うんだ」
「だったら……!」
 勢い込む弟に、首を振って見せた。
「でも、それだけだ」
 「あ」と口を開けたまま、弟は固まった。どうやら察してくれ
たらしい。
 無理を通したところで、フエの意思でなければ、何の意味も
ない──いつまで経っても、三志郎の一方通行だ。


2007.9.25 UP
初のオフライン版双子話は、フエ(=漫画版=兄)と、三志郎
(=同漫画版=兄)の視点でお送りします。
書いていて、アニメ版は不壊も三志郎もつくづく弟気質だなあと
思いました(笑)