『かたわらに…』(抜粋)
──三志郎の願いは、何?
その言葉を最後に、きみどりは消えた。
あの時、もし彼女が消えなかったら、三志郎の願いは決まっ
ていた。
不壊を、返してくれ。
きみどりが不壊を奪ったわけではない。
だが、全てが収まるべきところに収まったあの結末の中で、
たった一つ、足りなかったピースがある。それが、不壊だった。
あの日から、片時も忘れたことはない。不壊が消えた撃盤は、
いつも三志郎の傍にあった。
きみどりが消え、願いを叶えることは出来なかったが、三志郎
は諦めなかった。
「またな」と不壊は言った。「じゃあな」とか「さよなら」では
ない。「またな」と言ったのだ。不壊がそう言ったのなら、きっと
いつか、また会える。
その時まで、自分がやるべきことをやろうと、決めた。
あの頃は、どうにもならないことがいくつもあった。
不壊は大人で、自分は子供で、その差はあまりに大きかった。
彼の腰のあたりまでしかなかった身長。
あのコートの中で守られなければ、生きていくことさえ覚束
なかった。
そんな頼りない存在に賭けてまで、不壊はどんな願いを叶え
たかったのか。
11歳の三志郎は、そこまで思い至らなかった。
不壊もまた様々なものを背負っていたのだと気付いた時には
もう遅く、彼を失う瞬間は、目前まで迫っていた。
何故、と憤った。
何故、何も教えてくれなかったのか。彼が賭けていたもの、
彼が叶えたかった願い──教えてくれていたら、二人なら、
結末は違っていたかもしれないのに。
だが、今なら理由が判る。
三志郎が、子供だったからだ。
キスの仕方一つ知らなかった。キスはキスでしかなく、その
後ろにあるものも、その先にあるものも理解出来ない子供だった。
四年考え、やっとそのことに気付いた。
それからの三年は、不壊の立っていた場所へ登るために費や
した。
全てが理解出来たとは思っていない。だが、少なくとも今の
自分は、七年前の子供ではない。
だとしたら、そのための七年だ。
過ごした時間は、無駄ではない。
2007.5.19 UP
三井の小説から抜粋しました。
兄ちゃんは、きっといい男に成長するよね…vvv