『今夜あなたは抱いてしまう』(抜粋)


「今のは?」
「ドクターだよ。ダークエンペラーズの騒ぎの後、雷門が付け
てくれたんだ」
「夏未が?」
「エイリア石の後遺症が出ていないか、その検査。練習の合間
を縫って病院に行くのは大変だろうからって、往診まで頼んで
くれてさ。他の奴らも、時々診てもらってたんだぜ」
「知らなかった。夏未の奴、何で俺に教えてくれなかったんだ
ろう」
「わざわざ話すまでもないと思ったんだろ」
 夏未は円堂に惹かれている。
 『理事長の娘でマネージャー』という立場ではなく、ただ、好き
な男を苦しめたくない、その一心で、話さなかったのだろう。
 知れば、円堂のことだ、風丸たちを追い込んだのは自分の責
任だと思い悩むに違いないからだ。
 だが、円堂は気付いていない。
 そんな夏未の想いも、それを感じ取ってしまう、風丸の想い
も。
 憎たらしいほど鈍感な男は、そういえば、と室内を見回した。
「他の連中は?」
「帰ったよ。俺で最後だ。お前はどうしたんだ?先に帰ったん
じゃなかったのか?」
「帰ったんだけどな。家のすぐ傍まで行って、忘れ物したのを
思い出して、戻って来たんだ」
「そうか」
 風丸は、椅子の背から制服のシャツを取り上げた。
 雷門中は、都内の中学でも比較的校則が緩い。ジャージで帰
っても咎められることはないし、校外で練習してから帰る時な
どは着替えずに出てしまうのだが、そうでない限り、風丸は出
来るだけ制服に着替えるようにしている。
 そうして一つ一つに区切りを付けた方が、集中もしやすい気
がするのだ。気がするだけ、かもしれないが。
 シャツに袖を通しかけ、視線を感じた。
「円堂?」
 振り返ると、円堂が、睨むような目で風丸の背中を見詰めて
いた。
「結構、大きかったんだな」
「……?」
「手術痕。初めて見た」
 それはそうだろう。
 他のメンバーは、石が小さかった分、痕も小さく目立たなか
ったし、風丸は円堂の目につかないよう、着替える時も気を遣
っていた。理由は、夏未と同じだ。
 だが、それは口にせず、風丸は頭を振った。
「見せびらかすようなものでも、ないからな」
「背中だけか?」
「下っ腹にも一つあるぜ」
「見てもいいか」
 面食らって、風丸は円堂の顔を見直した。
「そんなもの、見てどうする気だ」
「どうもしない。ただ、お前の身に起きたことを、俺も知っておき
たいだけだ」
 円堂は真剣だった。唇を引き結び、いかにも強情な顔をして
いる。こうなるともう、梃子でも動かない。
 過去の経験でそれを知っている風丸は、やれやれと首を振っ
た。
「言っておくけど、お前が責任を感じているならお門違いだ。
あれは俺が自分で──」
 ふと、ある考えが浮かんで、風丸は口を噤んだ。
 サッカーには、『駆け引き』がある。
 いかにも相手のペースで進んでいると思わせておいて、自分に
有利な状況に持ち込むのだ。狙った場所に敵を誘い、ボール
を追い込む。
 それと同じだ。
 周囲の想いなど、かけらも気付かない男。それに惚れている
自分。
 仕掛けて、誘い込んで、仕留める。
 出来るだろうか。
「……いいぜ。それでお前の気が済むなら」
 立ったまま、何食わぬ顔でスラックスの前立てを開いた。
 下腹部の傷は、ちょうど盲腸と同じ辺りにひと筋、残ってい
る。下着をずらし、「これ」と指した。
「何だか、みみず腫れみたいだな」
 床に膝をついた円堂が、鼻先が触れるほど顔を寄せる。
 鼓動が早くなった。


2010.04.09
4月11日発行予定の円風本から抜粋。
イナイレで18禁エロは初めてなので、皆様、どうぞお手柔らか
に…(笑)