ミッシング・チルドレン


 だが、既に男は歩き出していた。表通りと交差する角を曲が
り、見えなくなる。 
 窓の下を覗き込み、豪炎寺が微かに舌打ちした。
「どっちに行った」
「その交差点を右だ。連れはいない、一人だった」
 豪炎寺が部屋を飛び出して行った。間もなく、建物を出て、
道を渡り駆けて行くのが見えた。
 ヒロトが、それを見下ろしながら訊いた。
「円堂くんだった?」
「多分」
「生きていたんだね……風丸くんのためにも、良かった。でも、
それならどうして──」
 言い淀む。その先を、鬼道が引き取った。
「どうして円堂は、誰にも生きていることを知らせなかったのか」
「うん……」
 風丸と連絡がつかなくとも、豪炎寺でも鬼道でも、誰でもいい。
居場所のはっきりしているかつての仲間に、電話一本かけること
くらい出来たはずだ。
 だが、円堂はそうしなかった。そして今、このタイミングで、現
れた。
「あいつは、知っていたんだ。おひさま園で何が起きたか」
 ヒロトが、さっと顔を上げた。
 円堂は、風丸がヒロトや豪炎寺と行動を共にしていることも、
昨夜からこの場所にいることも、知っていたに違いない。
 それでも、会わずに消えたのは──。
 ドアが開き、僅かに息を切らせて豪炎寺が戻って来た。
「どうだった?」
 ヒロトが訊ねる。豪炎寺は首を振った。
「駄目だ。周りも少し探してみたが、いない」
「どうする、鬼道くん。僕らも探す?」
 二人の視線を受け、鬼道は「いや」と応えた。
「探さなくていい。俺たちは、予定どおり場所を移そう」
「でも、せっかく見つけたのに……」
「思い出せ、ヒロト。円堂は風丸に何と言っていた?」
 ──俺が振り切れなかったばっかりに、お前を巻き込んでし
まった。俺は、蹴りをつけなくちゃいけない。
「風丸は、巻き込まれたんだ。敵の正体も目的も、まだ判らない
が、この円堂の言葉からすると、本来、奴らが狙っていたのは、
風丸じゃない、円堂だった。
だが昨夜、俺たちは妙な連中に追われて病院から逃げ、逃げ込
むつもりだったおひさま園も、焼かれてしまった。
敵はこちら側の味方まで抱き込んで、風丸を追っている。連れ
戻す気か、殺すつもりか──いずれにせよ、風丸は危険だ。
下手をすれば、一生逃げ回らなければならなくなる」
 ソファを見やった。風丸は何も知らず、眠り続けている。
 ふと、どんな夢を見ているのだろうと考えた。
 あの恐ろしい記憶を、何度も巻き戻しているのだろうか。それ
とも、ただひたすら目の前のボールを追いかけていた、幸せな
十年前の思い出だろうか。
「おそらく、円堂は蹴りをつけるつもりだ。風丸を守るために」
「一人でか」
「これは俺の想像だが、敵は円堂が死んだと思い込んでいるの
かもしれない。それを利用するなら、俺たちに接触してはまずい。
敵の目がどこにあるかも判らないからな」
「でも、相手は手段を選ばないような奴らだよ。円堂くん一人なん
て、無理だろう」
「だから、場所を移すんだ」
 二人が怪訝そうな顔をする。鬼道は、ふんと笑った。
「ここに篭っていては、何も出来ない。ひとまず安全な場所に
移動して、それから考えよう。──どうすれば敵に気付かれずに
円堂と接触出来るか」
「鬼道くん──!」
 ヒロトの表情が明るくなった。豪炎寺も頷く。
 その時、鬼道の携帯が振動した。秘書だった。
『お待たせしました。ご用意が出来ましたので、場所をお知らせ
します』
 告げられた住所を、メモは取らず頭に叩き込んだ。
「それから、車を取り替えたい。そう、あまり目立たないのを一台
用意してもらえるか」
『国産でよろしいですか』
「ああ」
『では、今のお車を、申し上げた家のガレージに入れておいて
ください。交換しておきます』
「頼む。しばらく社には出られない。必要があれば、携帯の留守
電に入れておいてくれ。指示は出来るだけ早く出す」
『かしこまりました。くれぐれもお気をつけて』
 勘のいい男は、余計な詮索はせず、電話を切った。
「行こうか」
 豪炎寺がコートを掴み、ヒロトが風丸を揺り起こす。
 まだ全てが謎のままだった。
 だが、追うべきものは、はっきりと見えている。
 ──円堂だ。


                           了


2012.4.27 up
途切れ途切れ一年以上も続きましたが、ひとまず終了です。
2011年2月の時点で、次はイナイレから10年後の話が放映され
るらしいと聞いて、放映前までに終わらせるつもりで書き始めた
「こんな話だったらどうだろう~?」という妄想だけの話でした。
実際は当然違ったけど…2期で並行世界が出てきたりして、当た
らずとも遠からずだったかなと、少し驚いています。