ミッシング・チルドレン


「そう。激しく燃えていたのは、子供部屋の裏手で、普段は火
の気のない場所だった。もちろん、漏電を起こすようなものも
ない。揮発臭もしたそうだ。誰かが、そこにガソリンを撒いて、
火をつけたんだ」
「子供部屋と知っていたなら、悪質すぎるな」
「警察は、『知っている人間』がやったと思ってるよ」
 ヒロトの口調に、怒りが混じった。
「砂木沼が、ちょうどいなかった。外に出ていたんだ」
 鬼道は、昨夜、電話口でヒロトが「砂木沼が?」と訊き返し
ていたことを思い出した。
「砂木沼が疑われているのか」
「緑川の話では、俺が電話をする少し前に、砂木沼あての電話
がかかって来て、呼び出されて出て行ったらしい。結局、指定
された場所には誰も来なくて、引き返して来たんだけど、それ
を証明出来る者がいないんだ。呼び出されたふりをして、外に
出て火をつけたんじゃないかって、警察は疑っているのさ」
 嫌な感じがした。鬼道は訊ねた。
「誰からの電話だったんだ」
「判らない。電話は砂木沼本人が取ったと緑川は言っている。
今、刑事が砂木沼から話を聞きに、病院に向かっているよ」
 火事の最中に戻って来た砂木沼は、子供たちを助けようとし
て軽い火傷を負った。煙を吸っていたこともあり、大事を取っ
て一晩入院したのだとヒロトは語った。
「臭うな」
 鬼道の呟きに、豪炎寺が頷いた。
「ああ。初めから砂木沼に罪をなすりつけるつもりだったとし
か、思えない」
「それは俺も考えた。けど、砂木沼を陥れて得をする人間が思
いつかないんだ。あいつは、大学を卒業してからずっと、おひ
さま園の運営に関わって来た。逆に言えば、他の事業には一切
関わっていないんだ。砂木沼が吉良グループの責任者の一人な
らともかく、今あいつを弾き出しても、特定の誰かに直接的な
影響があるわけじゃない。あるとしたら、おひさま園の子供た
ちと、俺たち関係者くらいのものだ」
 鬼道は、目を見開いた。閃いたものがあった。
「そこだ」
 豪炎寺とヒロトが同時に振り向いた。
「何がだ」
「放火犯の目的だ。砂木沼を陥れることではなく、吉良グルー
プでもない、おひさま園──いや、はっきり言おう。ヒロト、
お前が目的だったんじゃないか」
「俺が?」
「おひさま園に何かあって困る人間。子供を除けば、筆頭はお
前だ。お前を脅迫するなら、これ以上のネタはないだろう」
「脅迫って一体……!」
 ヒロトの声が途切れた。鬼道の、ゴーグル越しの視線に気付
いたのだった。豪炎寺も気付き、三人は風丸を見つめた。
「風丸を連れて行こうとした矢先に、その目的地が放火された。
単なる偶然にしては、タイミングが良すぎる。これは協力した
お前への警告と考えた方が、自然だ。こいつに関わればただじ
ゃ済まないという、メッセージのつもりなんだろう」
「待て、鬼道」
 豪炎寺が険しい顔で、割って入った。
「ヒロトは俺に呼び出されて、関わったんだ。おひさま園に行
こうという話も、お前が来る少し前に決まったことだった。仮
に放火犯の目的が、風丸から手を引かせることだったとしても、
どうして先回り出来たんだ?」
「おひさま園の誰かに、風丸を連れて行くと言わなかったか」
「言ってないよ。出かける時、緑川に、豪炎寺くんに会うとだ
け話したけど、その時点では、俺はまだ風丸くんのことは知ら
なかった。車から電話をして、知らせるつもりだったんだ」
 その電話の向こうで、火事は起きた。
 どこにも、自分たち三人以外入り込む余地はない。そして、
三人は誰一人、裏切っていない。


                           (続く)


2012.2.27 up