ミッシング・チルドレン


「そういうことだ」
 にやりと豪炎寺が笑い、鬼道も頷き返した。
「だとすると、これから俺たちがするべきことは、二つだ。
一つは円堂を探すこと。そして、もう一つは風丸を捕らえて監
禁していたのが何者かを突き止めることだ。それさえ判れば、
円堂の居場所も判るかもしれない」
「まだあるぞ」
 豪炎寺が付け加えた。
「風丸が生んだのは、誰の子供だったのか。その子供は、今ど
こにいるのか」
 風丸の記憶が戻れば、わけもないことだが、今は望めないだ
ろう。記憶を取り戻す努力をしながら、起きた出来事を一つず
つ洗っていく他ない。
 ドアが開き、鬼道と豪炎寺は顔を上げた。刑事に付き添われ
たヒロトが立っていた。
「お手数をお掛けします」と刑事に深々と頭を下げる。刑事は、
「またご連絡します」と小声で言い、鬼道たちへも一礼して踵
を返した。
 ヒロトが部屋のドアを閉めるのを待って、鬼道は声を掛けた。
「疲れただろう」
 腰をずらし、ソファに座るよう促す。空いたスペースに、ヒロ
トは腰を下ろした。目元に、げっそりと疲労の翳があった。
「大丈夫か」
「うん、どうにかね。姉さんも来てくれたし」
 言葉が途切れた。
「何か言われたのか」
 豪炎寺が訊ねる。ヒロトは自分の靴の爪先を見詰め、答えた。
「保険金を掛けていたか、訊かれたよ」
「保険金?」
「おひさま園は、吉良グループの中で、何ら利益を生んでいな
い異質な存在だ。父さんが、何のためにあれを創立したのか、
火災で全焼した場合、保険金はどれだけ入ることになっていた
のか、しつこく訊かれた。うちの誰かが、保険金目当てに放火
したんじゃないかって、疑ってるのさ」
 鬼道と豪炎寺は、顔を見合わせた。
 十年前、吉良星二郎の事件は、文字どおり世間を震撼させた。
巨大企業グループの長が抱いた野望と、その手駒にされた「哀
れな子供たち」を、ことさらセンセーショナルにマスコミは報じ、
連日のようにおひさま園は、マスコミや心無い野次馬たちの好奇
の目にさらされた。
 結果として、集まった善意の寄付に助けられて、おひさま園
は閉鎖を免れ、子供たちを養い続けることが出来たのだから、
悪いばかりでもなかったのだが、未だに色眼鏡で見る人間も少
なくない。
「瞳子監督も、同じことを訊かれたのか」
「姉さんとは部屋が別だったから、判らないけど、多分ね。
一時期よりはマシになったけど、あの事件以来、グループが置
かれている状況は、芳しくないんだ。父さんに私淑していた経
営陣の中には、後継者である姉さんに不満を抱いている人もい
るし」
 これは、鬼道にとっても他人事ではない話だった。鬼道が実
子でないことを理由に、父の跡を継ぐことに反対している者も
少なくない。
「待て、ヒロト」
 突然、豪炎寺が険しい声を出した。
「狂言を疑われたということは、放火を示す物証が出たんだな」
 鬼道は、はっとした。迂闊だった。
 明らかに失火なら、ヒロトたちが妙な疑いを掛けられることも
なかった。
 現場検証で、放火と思われる証拠が出たからこそ、疑われた
のだ。
 ヒロトは暗い表情で頷いた。


                           (続く)


2011.12.11 up