ミッシング・チルドレン


 さて、これからどうするか。
 鬼道は、眠る風丸を見た。色のない貌は、微かに胸が上下し
ていなければ、死人のように見える。
 燃え盛り崩れるおひさま園を目にして、一瞬だけ、風丸の魂
は戻って来た。身をよじり、円堂の名前を叫びながら、切れぎ
れの記憶を口走った。
 それらを繋ぎ合わせると、どんな絵図が出来るか。
 椅子の中で、豪炎寺が身じろいだ。
「……何時だ」
「5時32分。眠れたか」
「少しな」
 立ち上がり、軽くストレッチの要領で体を伸ばしながら、豪
炎寺は訊ねた。
「お前は寝なかったのか」
「ああ」
 眠ろうとはした。だが、色々と考えているうちに、寝そびれ
てしまったのだ。安眠には、ほど遠い一夜だった。
「風丸は?」
「寝ている。あれから一度も目を覚ましていない」
「そうか」
 風丸を見る目に、微かな痛みが走った。だがそれは口にせず、
座り直すと豪炎寺は言った。
「どうするかな」
 鬼道は笑い出した。豪炎寺が怪訝そうな顔をする。
「さっき、俺も同じことを考えていた。これからどうするか、
ってな」
 ゴーグルを傍らに放り出す。そして訊いた。
「風丸の話を、どう思う」
 真実だとするなら、風丸は、一度は円堂と会ったということ
になる。
 豪炎寺と別れた後、風丸は円堂の手がかりを追って、どこか
へ向かった。
 その先で、何かのトラブルに巻き込まれ──豪炎寺の言によ
れば、人工子宮の宿主として身篭り、出産した。
 時期的に考えるなら、出産はそう前のことではないだろう。
せいぜい、ここ一、二週間の出来事だ。
 その後、風丸は逃げた。逃がしたのは、他でもない。円堂だ。
 豪炎寺が、噛み締めるように言った。
「俺は、真実だと思う。順序立った話ではなかったし、俺は精
神科や神経内科は専門外だが、狂気や妄想にしては細部がはっ
きりし過ぎている。それに一昨日の──もうさき一昨日か──
朝、現れた風丸は、小さな擦過傷や打撲をあちこちに負ってい
た。ちょうど、爆風でも食らったように」
 鬼道は頷いた。ほぼ同じことを、鬼道も考えていた。
 風丸は、真実を語っている。
 ただ、そうならば、同時にあることを認めなければならなく
なる。
 円堂は、もはや生きてはいないだろうということだ。
 もしかすると風丸は、円堂の死を受け入れられずに、狂気に
逃げ込んだのではないか。
「豪炎寺。円堂は──」
 豪炎寺は、首を横に振った。
「まだ、円堂が死んだと決まったわけじゃない。お前だって知
っているだろう。あいつがどんな奴か」
 それは、嫌というほど知っている。鬼道にとって、円堂守と
いう男の最初の記憶は、何度潰しても立ち上がって来る、しぶ
とさ、したたかさだった。
「だが、いくら円堂でも……」
「勘違いするな。俺は別に感情的になっているわけじゃない。
『やるべきことがある』と円堂は言っている。それが風丸を逃
がすためだけの、方便だったとも思えない。本当に生き延びる
つもりだったのだろうし、もしそうなら、あいつが簡単に諦め
るわけがない」
 ──まだまだぁ!
 鬼道の脳裏に、ぼろぼろになりながらも立ち上がる円堂の姿
が浮かんだ。
 記憶の中の円堂は、中学生のままだ。だが、大人になっても、
きっとあの性格は変わっていなかったろう。
 鬼道はゴーグルを掴んだ。
「そうだな。円堂が、簡単に命を捨てるような奴なら、俺が雷門
に転校することもなかった」


                           (続く)


2011.12.4 up