ミッシング・チルドレン
彼が振り返る。
「どうしたんだ、風丸」
強い光を湛えた瞳。そこに焦りと戸惑いがあった。
だが、足は動かない。不安が、全身に襲い掛かって来る。
いつもって何だ。
どうして力が入らないんだ。
どうして、彼に手を引かれているんだ。彼よりも、自分の方が、
ずっと速く走れたはずなのに。
どうして──
ここはどこだ。
いつから、どうして、俺はここにいるんだろう。
それに彼──『彼』の名前は、何だったろう。
その時、閃光が走った。
「風丸!」
『彼』が叫んだ。その声を下から突き上げるように、低く鈍く、
轟音が響き渡る。
足元が揺れた。
白い壁を、天井に向かって亀裂が走った。ばらばらと、剥がれ
た壁の破片が降り注ぐ。
不吉な軋みを聞いて、風丸は頭上を振り仰いだ。コンクリー
トの天井が、まるでベニヤ板のようにたわむのが見え、あっけ
なく崩れた。白灰色の塊が、落下する。
──つぶされる!
頭を抱え、身を縮めた。目を瞑り、死を覚悟する。
しかし、
「……?」
風丸は目を開けた。
周りに、コンクリートの欠片が散乱している。
だが、風丸は無事だった。掠めた破片で擦り傷を負ったが、
それだけだ。生きている。
「どうして──?」
呟いた時、床にぽつんと赤いものが落ちた。
ぽつ、ぽつと、赤はその数を増やしてゆく。
顔を上げ、風丸は愕然とした。
すぐ上に、『彼』の顔があった。
風丸を圧しつぶすはずだった分厚いコンクリートの塊は、『彼』
の背中にのしかかっていた。風丸を庇ったのだ。
額からこめかみ、顎の先へと血が伝い落ちる。また床に、赤
い染みが増えた。
「あ……あ……」
喉が、音を取り戻した。
そして、思い出した。『彼』の名前。
「──円堂ッ!」
どうしよう。
どうしよう、俺のせいだ。俺が余計なことをしたせいで、円堂が
血を流している。
狼狽える風丸を見下ろし、「良かった」と円堂が笑った。
酷い怪我をしているというのに、大きな笑顔だった。
「声、出るようになったんだな」
血が目に入ったらしく、顔を顰める。
「そんなこと言ってる場合かよ。早く、そこを──」
瓦礫を押しのけようとして、風丸は気付いた。動かせない。
二人の頭上には、まるで巨大な舌のように、天井の残骸が垂
れ下がっていた。それは、円堂が背負う瓦礫と、かろうじて残
った鉄筋で繋がっている。
円堂は動けない。瓦礫を下ろせば、重みで天井は完全に崩落
する。円堂も風丸も、無事では済まない。
「逃げろ、風丸」
円堂が言い、流れる血を手で拭いながら、風丸は首を振った。
「何、言ってんだよ」
「早く逃げるんだ。この廊下をまっすぐ行けば、非常口に突き
当たる。外に出たら、チームの──雷門中でも、イナズマジャ
パンでも、誰でもいい。仲間のところに行くんだ」
「嫌だ。俺だけ逃げるなんて出来るか!」
「聞け、風丸」
「聞かない」
「いいから聞け!」
(続く)
2011.9.14 up