ミッシング・チルドレン


「外?様子を見に行くって、砂木沼が?様子って、何のことだ
よ?……緑川?どうした?緑川!」
 「切れた」と、ヒロトは鬼道に向き直った。
「様子が変だ。俺だけ行って来るから、皆はここで待っていて
くれ」
 万一を考えて、三人を巻き込むまいとしているのだろうが、
鬼道は止めた。
「いや、俺たちも行く。もし何かが起きているなら、一人は危
険だ。逃げるにしても、車があった方がいいだろう。このまま、
車で向かおう。それでいいな、豪炎寺」
「ああ」
 豪炎寺も頷き、話は決まった。
 車を出した。ヘッドライトは点けず、街灯の明かりだけを頼り
に走る。
 もう誰も口をきかない。エンジン音だけが満ちる車内に、
「あっ」
小さな叫びが響いた。ヒロトが窓に額を押し付けるようにして、
こわばった声を立てた。
「燃えてる……!」
 黒々と続く住宅の前方の空が、橙色に染まっていた。距離から
して、明らかにおひさま園の辺りだ。
「降りよう」
 路肩に車を停め、四人は走った。
 火事となれば、車で近付くのは危険だ。風丸も、豪炎寺に手を
引かれ、付いて来る。
 おひさま園に近付くにつれて、燻すような臭いが鼻を突いた。
 左手に、長い塀で囲われた屋敷が現れた。見上げた表札に、
「吉良」の文字がある。吉良の私邸だ。今は誰もいないのか、
明かりは消えていた。
 塀が途切れ、足元のアスファルトが砂利敷きに変わった。道
は、おひさま園で終わっていたのだ。
 目隠しのイヌツゲの繁みを回り込む。と、わっと熱風が襲い掛
かった。咄嗟に鬼道は腕で顔を庇った。
 目を焼く、橙色の炎。
 平屋の古い木造家屋が、燃えていた。
 パチパチと柱が、壁が爆ぜ、火の粉が舞い上がる。
「緑川!砂木沼!」
 ヒロトが叫んだ。返事はない。
「瞳子姉さん!誰か……!」
 メキメキと不吉な音を立て、家屋の屋根がへしゃげた。炎の
中にめり込むようにして、崩れ落ちる。
「や……」
 声を聞いて、鬼道は振り向いた。
 風丸だった。大きく見開かれた目に、燃え盛る炎がめろめろと
映っている。
 ゆるりと首を振った。炎に紅く染まった唇が震え、声が迸った。
「……嫌だ……!」
 炎に向かって駆け出そうとするのを、豪炎寺が止めた。
「危ない!」
 身を捩り、豪炎寺の手を振り解こうと暴れながら、風丸が叫ん
だ。
 この何年もの間、誰もが捜し求めていた、男の名前だった。
「──ダメだ、円堂ッ!」

               × × ×

 ──ごめんな。
 前を走る背中が言った。
 コンクリートとリノリウムに反響する足音に掻き消されて
しまいそうな、囁くような声だった。
 ──ごめんな、風丸。
 ああ、また謝っている。
 もうずっと、彼は謝り続けている。
 どうして謝るんだ。
 訊きたいのに、声は乾いた喉に張り付いてしまったようで、
出てこない。
 だから、繋いだ手を強く握った。
 力が入らないのは、いつものことだ。
 いつも──
 いつものこと?
 足が重くなった。


                           (続く)


2011.8.23 up