ミッシング・チルドレン


「俺も降りない。風丸くんには、借りがあるんだ。それを返し
たい」
「借り?」
 ヒロトは答えなかった。
 豪炎寺も押し黙り、鬼道は無言のうちに車を走らせた。
 北区に入り、大型トラックを除けば車の数は急激に減った。
「そこの信号を左」
 ナビとは違う道を、ヒロトは指示した。振り切ったように見
えても、この車のナンバーは見られたろうから、どこでまた狙
われるか判らない。ナビに出るような道は、相手も使うだろう
というのが、理由だった。
 大正・昭和期からの旧家も多い、由緒ある住宅地らしく、長
い塀を巡らせた家屋敷もところどころに見受けられる。
 おひさま園の理事長だった吉良は、二年前に刑期を終えたが、
すぐに体調を崩し、入院した。
 今では娘の瞳子が理事長に就任しているが、父が持っていた
他の企業も同時に継いだせいで、仕事は多忙を極めている。
 そのため、ヒロトが実質上の理事長として、おひさま園を切
り回していた。
「俺だけじゃないよ。緑川や砂木沼もいる。独立して好きなよ
うに生きていいって姉さんは言ってくれたけど、みんな自分の
家だから手伝うって。家族経営みたいなものだよね」
「口さがないことを言う奴らもいたんじゃないか」
「いた。というか、いる。父さんが起こした事件は、大きく報
道されたからね。今でも、色々言う人はいるよ。孤児ってだけ
でも差別の理由になるのに、更に施設が子供を使って悪いこと
をしていたんだから、なおさらだよね。おひさま園が潰されず
に残っただけ、ありがたいと思わなくちゃね」
 緑川たちが残ったのは、周囲の攻撃から園の子供たちを守る
ためかもしれない。
 疎外された子供の気持ちは、同じ経験を持つ者にしか判らな
い。鬼道はそれを、今の父に引き取られる前、施設にいた頃に
感じていた。
 どんなに温かく接し、励ましてもらっても、胸の襞から滲み
出るようなみじめさや孤独は、なかなか消えるものではない。
春菜がいなければ、きっと早々に、世の中に背を向けていただ
ろう。
 おひさま園の子供たちにとって、兄姉に等しい緑川たちの存
在は大きいのだ。
 それと同時に──と鬼道は、ミラーに映り込むヒロトの白い
横顔を見た。
 緑川たちもまた、世間からの疎外感を感じているのかもしれ
ない。
 一歩外に出れば、犯罪者の身内だ何だと後ろ指を指す者も多
かろう。
 世間一般から弾き出され、また「家族」の元に帰りたいと願
ったとしても、無理はない。
 本人たちは、決して認めないだろうが。
「あ、ちょっと、そこで停めて」
 ヒロトが言い、前方の小さな公園を指差した。おひさま園ま
では、直線であと五百メートル、というところだ。
「先に電話しておくよ。妙な連中がいたら、入れないし」
 公園の入口で、鬼道は車を停めた。ハザードを上げ、周囲を
見回したが、通りかかる車も人もいない。
 ヒロトが携帯を耳に当てた。
「……緑川?うん、遅くなってごめん。もうすぐ帰るよ。……
いや、ちょっと色々あって、俺だけじゃないんだ。今、お前の
他に誰がいる?砂木沼は?……え?」
 ヒロトの声が曇った。
 鬼道と豪炎寺は、同時に首を捻り、後部席を振り返った。
 何かあったのだろうか。


                           (続く)


2011.7.28 up