ミッシング・チルドレン


 豪炎寺が携帯を胸ポケットから取り出す。液晶を見た、その
表情が硬くなった。
「──はい」
 殆ど口を挟まずに相手の声を聞き、「判りました」と短く応え
て電話を切った。
「すまない。車を出してくれるか」
「どうした」
「説明は後だ。風丸を別の場所に移したい」
「判った」
 脱いだコートを手に、立ち上がった。豪炎寺がヒロトを呼び
出す。
「すぐに一階に上がってくれ。エレベーターは使うな。裏の非
常口から出る。……いや、大丈夫だ。鬼道の車を使う」
 電話を切ると、「行こう」と研究室を出た。電気はつけたまま
だった。
「階段で降りるぞ」
 冷えきった階段を一階まで駆け下りる。非常口に辿り着いた
ところで、地下からヒロトに支えられるようにして風丸が上がっ
て来た。肩に、ベージュのジャケットが掛けられている。
「お前の『家』に行こう」
 豪炎寺が言い、ヒロトは頷いた。前もって打ち合わせていた
らしい。
 非常ドアを開け、豪炎寺は周囲に鋭く視線を走らせた。誰も
いないのを確認して、鬼道に振り返る。
「車はどこだ?」
「通りを挟んで向こうの駐車場だ」
「じゃあ、裏門を出たところで待っている。拾ってくれるか」
「判った」
 三人をそこに残し、鬼道は外に出た。来た時と同じ道を戻る
と、表門の前に国産の黒いセダンが停まっていた。夜間警備員
が、運転席に座る相手に、何か話しかけている。
 何食わぬ顔で通り過ぎようとした、その一瞬、刺すような視線
を感じた。
 同じ視線を知っている。影山や吉良、ガルシルドと戦った時
だ。
 振り向きたい衝動を堪え、鬼道は駐車場へ急いだ。管理人
小屋は明かりが灯っていたが、カーテンは半ば閉じていた。
声を掛けずに、アウディを出す。
 裏門で、豪炎寺たちは待っていた。助手席に豪炎寺が、後部
席にヒロトと風丸が乗り込んで来る。
「お前の家ってのは」
 ルームミラー越しに訊ねると、ヒロトが答えた。
「おひさま園。俺が案内するよ」
 ヒロトが告げた場所は、北区の、歴史のある住宅地だった。
近くには桜の名所で知られる庭園がある。
 豪炎寺が言った。
「正門側は避けてくれ」
「判ってる」
 外苑東通りを、四谷に向けて車を走らせた。
 四谷署の前を通り過ぎる。真夜中近くなり、さすがに車も人
もまばらになっていた。
 隣に座る豪炎寺に、鬼道は訊ねた。
「そろそろ教えてくれないか。お前がどうして、風丸の状態を、
家族に伝えなかったのか。風丸に、何が起こったんだ?」
 豪炎寺は、しばらく無言だった。後ろのヒロトも、何も言わな
い。風丸の手を握り、窓の外に目を向けている。風丸は、相変
わらず人形のように座っているだけだった。
 やがて、豪炎寺が言った。感情を窺わせない、淡々とした声
だった。
「風丸の躰に、外科手術の痕跡があった。お前も知っている、
エイリア石の手術痕じゃない。つい最近付いた、新しい傷痕だ」
「さっき、風丸は健康だと言わなかったか」
「健康だ。何も問題はない──今は」
「どういう意味だ」
「人工子宮というのを聞いたことはあるか」
 

                           (続く)


2011.6.3 up