ミッシング・チルドレン


「豪炎寺くんに呼ばれて来たんだ」
 その豪炎寺が訊ねた。
「どうしてる?」
「相変わらずだよ。目は覚めているけど、それだけだ。話しか
けても、何を聞いても返事はない。それどころか、表情一つ浮
かべない。……判る?」
 視線が、鬼道に向いた。
「感情を見せないんじゃない。感情がないんだ。そっくり、抜
け落ちてしまったみたいに」
 豪炎寺もヒロトも、その『客』の名を口にしていない。だが、
誰のことを言っているのか、鬼道は気付き始めていた。
 円堂の一番近くにいて、豪炎寺ともヒロトとも、仲が良かっ
たのは──。
「この向こうに、いるんだな」
「ずっと会ってなかった?」
 八年ぶりだ。こんな形で再会することになるとは、思わなか
った。
 衝立を回り込み、鬼道は、その相手と対面した。
 『彼』は、壁に寄せたベッドに、腰を下ろしていた。
 もともと線が細かったが、また少し痩せたろうか。借り物ら
しい白いシャツもジーンズも、あきらかに彼の体には大きかっ
た。
 ポニーテールだった髪は、長く背中に下ろされているが、人
形めいて綺麗な貌は少しも変わっていない。
「風丸」
 かつて、何百、何千回と呼んだ名前を、鬼道は呼んだ。
 円堂の一番近くにいた人間。面倒見がよく、特に一年生に懐
かれていた。雷門中にとっても、イナズマジャパンにとっても
──そして円堂にとっても、欠くことの出来ない支え。
 風丸が、ゆっくり首を巡らせ、こちらを向いた。
 その目を見て、即座に鬼道は悟った。
 違う。姿かたちは似ているけれど、この男は、鬼道の知って
いる「風丸」ではない。
 その目には、何も映っていない。鬼道も、ヒロトも、豪炎寺
も、彼の目には映らない。
 ヒロトの言うとおりだった。
 ここにいるのは、心が抜け落ちてしまった、風丸の人形だ。
 何か言いかけ、口を閉じた。壊れてしまったかつての仲間を
前に、何を言えばいいのか、鬼道にも判らなかったのだ。
 左肩に手が置かれた。豪炎寺だった。
「戻ろう。もう暫く、頼んでいいか」
 後半は、ヒロトに向けた問いだった。
 ヒロトが黙って頷く。
 もう一度、「戻ろう」と豪炎寺が繰り返した。
 戸口に戻りかけ、鬼道は振り返ったが、風丸はぼんやりと視
線を床に落としたまま、動こうともしなかった。


「先刻も話したが、風丸とは時々会っていた」
 研究室に戻り、冷めたコーヒーを淹れ直すと、豪炎寺は話し
始めた。心持ち、先にここで向かい合った時より、声が低い。
「と言っても、一、二ヶ月に一度、なんて頻度じゃない。せい
ぜい半年に一度、1年以上会わなかったこともある」
「それでも、途切れなかったんだな」
 豪炎寺が留学していたことを考えれば、頻繁すぎるくらいだ。
帰国する度に必ず会っていたことになる。

 
                           (続く)


2011.4.8 up