ミッシング・チルドレン


 何の用件かは訊かなかった。行けば判ることだ。
 それでも、仕事の間じゅう、ずっと考えていた。この数年、
連絡の絶えていた豪炎寺が、どうして突然、電話をかけて来た
のか。
 旧交を温めあおう、などというつもりはないだろう。
 豪炎寺もまた、鬼道と同じ理由で、サッカーを手放したのだ。
 忘れもしない。
 8年前のあの日──うだるように暑い、夏の盛りのあの日──
全てが止まり、全てが終わった。


「呼び出してすまなかった」
 熱いコーヒーの入ったカップを鬼道に手渡し、豪炎寺は向か
いのソファに腰を下ろした。
 鬼道は、室内を見回した。
 数名で使っているのだろう。壁に向かってデスクが数台、置
かれている。どれも書類やファイルが山積みになっているが、
一つだけ、綺麗に片付いているものがあった。あれが多分、豪
炎寺のデスクだろう。
「受かったんだろう。医師国家試験」
「ああ。ぎりぎりで」
「謙遜するな。春菜から聞いているぞ。K―大医学部は、お前
のお陰で、合格者の平均点が上がったと喜んでいるらしいじゃ
ないか」
 豪炎寺は、かねてから父の希望だった、医師になる道を選ん
だ。
 鬼道と時を同じくして、ドイツへ留学。帰国して、K―大医学部
に編入、そして先月、日本の医師国家試験を受けた。
「春からは、『豪炎寺先生』か」
「の、前にインターンがある。二年は見習いだ。音無……とは
会ってるんだな。どうしてる?」
「相変わらずだ。去年、念願の新聞社に入ったよ。音無の両親
からは、だいぶ反対されたみたいだけどな。切った張ったの仕
事なんかしないで、さっさと嫁に行けと言われたらしい」
 あの時は、むくれて三日ほど家に帰らず、鬼道のマンション
に居座っていた。
 豪炎寺は、微かに声を立てて笑った。
「兄貴は反対しなかったのか」
「反対して聞き分けるような奴じゃない。だったら、とりあえず
やらせてみて、行き過ぎないようにブレーキをかけてやる方が
現実的だろう」
「なるほどな」
 カップに口を付ける豪炎寺を見ながら、鬼道は言った。
「それで?近況を聞きたくて、俺を呼んだわけじゃないだろう。
何があった?円堂が見つかったとでも言うのか?」
 そんな筈はない、と判っていて、鬼道は言った。あの頃、ど
れだけ皆が必死になって捜したか。それでも見つからなかった
のだ。
 だから、半ば冗談のつもりだった。が、豪炎寺の手が、止ま
った。──まさか。
「……見つかったのか」
 豪炎寺は、首を振った。
「いや。だが、無関係ではない、と思う。あいつは、円堂に一番
近いところにいたから」
「あいつ……?」
 カップを置き、豪炎寺は立ち上がった。
「鬼道。お前に、会わせたい奴がいる」

 
                           (続く)


2011.3.6
二人とも、10年20年経っても、いつまでも兄馬鹿であって
欲しいです。