イバラノミチ


                〜5〜

 走っている。
 息が切れ、胸が苦しい。どくどくと耳元で、自分の心臓の音
が聞こえていた。
 口を開けているのに、ちっとも空気が入ってこない。喉が、
ひゅうひゅう音を立てるばかりだ。
 限界を超えた足がもつれ、視界がぼやけた。
 それでも、走り続ける。
 止まってはいけない。
 一度でも立ち止まったら、後ろから追いかけて来るあれに、
追いつかれてしまう。
 来ないで。
 お願いだから、来ないで。
 知らないうちに、涙がこぼれていた。
 ごめんなさい。許して。何も見ていない。
 また、涙が流れた。
 嘘。本当は見てしまった。だけど、それが何のことかなんて、
判らなかった。
 ただ、落ちているそれが気になって、拾ってみただけ。それ
だけ。
 オレンジ色の空と、黒々と等間隔に並ぶ電柱。
 その道を走って、走って、もう足が動かなくなってしまう頃、
ようやく家が見えて来た。
 あと少し。
 いつもは閉じている、門のフェンスが開いていた。
 おかしな気がしたが、不安より恐怖が勝った。
 玄関のドアを開け、家に飛び込む。
「おかあさん!お母さん!今、今ね、そこで私……!」
 足がもつれ、止まった。
 廊下の先にある、台所の扉。それが開いていた。
 フローリングの床に、何かがある。
 黒いものだ。その周りの床が赤い。赤い液体。
「お母さん……?」
 黒いものが動き、その下から、真っ白な顔が覗いた。人間の
頭だったのだ。
 顔は、見たこともないほど歪んでいて、誰なのかすら判らな
かった。その口が、動いた。
「ふゆか……」
「……お母さん?」
 声が掠れた。
 血の海の中から、また声がする。
「……逃げて……逃げなさい、冬香……」
 自分のものとも思えない叫びが迸るのを、聞いた。
 違う。違う違う。
 あれがお母さんなわけがない。
 後ずさり、玄関から飛び出そうとした、その前に、人が立ち
ふさがった。
 近付いて来る、大きな手。
「嫌だああああ!」
 ──冬香さん!
 はっと、目を覚ました。
 テーブルにうつ伏せていた顔を上げる。
 煌々と明かりの灯る、合宿所の食堂だった。


                              (続く)



2010.9.25
そういえば、秋ちゃんを除いては、マネージャーチームも皆、
家庭に影がありますね。夏未嬢も父一人子一人のようだし…。