イバラノミチ


〜4〜

「あの人が……?」
 訊ね返して、ぞっとした。僅かでもずれていたら、風丸自身
に当たっていたかもしれないのだ。
「彼女の目的は、お前を排除することじゃない。せいぜい脅し
だ。それに、影山が得意なのは事故に見せかける手段だ。
こんな、拳銃を持ち出すような直接的なやり方は、あの男らし
くない」
「だから、影山とは別口だと言ったのか」
 言われてみれば、そうかもしれない。警察に話すべきだろう
か。
「鬼瓦さんに……」
「あの人は、吉良の裁判と影山の行方を追うので手一杯だろう。
連絡をするのはいいが、女を捜すところまでやってくれるとは
思えない」
 おまけに、女に繋がる物は、この焦げた切れ端だけだ。
 刑事ドラマや推理小説なら、鑑識が出て来るところだろうが、
これだけで本人に行き着けるとは、とても思えなかった。
「雷門とは、連絡が取れないんだな」
「どこにいるのか、知られたくないと言っていた。向こうから電話
して来るのを待つしかない」
 豪炎寺は少し考え、言った。
「次の連絡が来るまで、手分けして出来るだけのことをしておこ
う。チームに紛れ込んでいるかもしれない影山の手先と、正体
不明の、あの女。調べるのは、当面この二つだな」
 風丸は驚いた。
「手伝ってくれるのか」
「一人よりは二人の方がいいだろう。あと一週間で、本選会場
に移動だ。その間に何か起こったら、それこそ面倒だ」
 一週間。その言葉に、緊張が走った。
 影山であれ、他の何者であれ、日本チームに危害を加えよう
とする者なら、本選に行く前に、何かを仕掛けて来るだろう。
急がなければ。
 だが、
「何をどう調べる?鬼瓦さんが頼れないんじゃあ、出来ること
といっても限りがあるぞ。昼間は練習だってあるんだし……」
 シッ、と豪炎寺が口元に人差し指を立てた。
 ドアがノックされる。
「どうぞ」
 入って来たのは、円堂だった。
「悪ィ、豪炎寺。ちょっと頼みが……あれ?風丸もいたのか」
 きょとん、とした顔つきで、豪炎寺と風丸を見比べる。
「話し中に、ごめん」
 豪炎寺が首を振る。
「いいんだ。もうこっちの用は済んだから。どうした?」
「立向居のキーパー技、もう少しパワーアップ出来ないかと
思ってさ。フルパワーのシュートで試してみたいんだ。ちょっ
と手伝ってくれないか」
「いいぜ。すぐに下りて行くから、先に行って待っててくれ」
「おお、サンキューな。お前も来ないか、風丸?」
「俺はいいよ。今日は早めに休むつもりだから。怪我しないよ
うにな」
 おう、と笑い、円堂は廊下を駆け戻って行った。
 足音が聞こえなくなるのを待ち、豪炎寺は言った。
「チーム内のことなら、警察より俺たちの方が動きやすいだろ
う。それに、別に警察を頼れないと言ったわけじゃない。女を
捜してもらうのは無理でも、頼めることは、他にもある。お前、
駐車場で見たんだろう?」
「見たって……車か!」
「日本に住んでいるなら車を持っているかもしれないが、そう
でないならレンタカーだ。ナンバーが判らなくても、車種と色
さえ判れば、レンタカー会社を当たってもらうことは出来る。
それは、警察の仕事だ」
「お前、やけに慣れてるよな」
 豪炎寺の目が、ほんの少し翳った。
「夕香のことがあったからな。嫌でも警察関係者と話す機会が
多かった」
「あ……ごめん」
 そうだった。悪いことを訊いてしまったと悔やむ風丸の肩を、
豪炎寺が軽く叩いた。微笑が戻っていた。
「気にするな。俺は、推理小説も好きなんだ」
 つられて風丸も笑う。
 久しぶりに笑った気がした。


                              (続く)



2010.9.23
豪炎寺の部屋の本棚には、エラリィ=クイーンが並んでそう
な気がします。ホームズじゃなくて。