イバラノミチ


〜2〜

 目を閉じかけた瞬間、バン!と音を立ててボールが破裂した。
「──!」
 破片が千切れ飛ぶ。
 何が起きたのだろう。
 そろそろと起き上がり、風丸は、その女に気付いた。
 風丸たちから20メートルほど離れたクラブハウスの端、駐
車場に続く小路に、彼女は立っていた。じっと、こちらを見て
いる。
 日本人ではない。長身で、浅黒い肌。髪は黒褐色で、少年の
ような短髪にしている。
 纏っているのは、カーキ色のレザージャケットとジーンズ、
それにごついワークブーツだった。ボールが、足元に転がって
いる。
 風丸は目を見開いた。
 あの女が、たった今、風丸たちを襲ったのか。
「おい!」
 襲撃の理由を考えるより、怒りが先に立った。
「一体、どういうつもりだ?」
 走り出す風丸を見て、ぱっと女が身を翻した。駐車場の方へ、
姿を消す。車を停めているのだろうか。
 だとしても、駐車場までは100メートルほどある。風丸の
足なら、軽く追いつける距離だった。
 だがそこに、
「風丸!豪炎寺!」
円堂の声がして、風丸は足を止めた。ゴール前で、円堂が手を
振っている。
「何してるんだ、早く来いよ!メンバー入れ替えて、もう一度
紅白戦やるぞ!」
「お、おう」
 足を止め、手を振り返す。
 それから、女を追って駐車場を覗いてみた。車が1台、ゲー
トを出て行くところだった。白のワーゲン・ゴルフ。
 ゲートの向こうは、すぐに広い国道に繋がっている。いくら
風丸でも、追いつけない。
 誰なのだろう。それに、何の理由があって風丸たちを襲った
のだろう。
 夏未の話では、危険が迫っているのは円堂であって、風丸で
はなかった。
 だが、今狙われたのは、円堂ではなく、明らかに風丸の方だ。
 考えてみても、狙われる理由が思いつかなかった。
 夏未からは、数日おきに電話が来る。次に電話があったら、
伝えてみよう。
 何か新たな情報を掴んでいるかもしれないし、あるいは、
こっちは影山とは関わりのない、別口かもしれない。
 元の場所に戻って来ると、豪炎寺が待っていた。
「おい」
「先に行ったんじゃなかったのか。紅白戦、始まっちまうぜ」
「待て、風丸」
 フィールドに続く階段を降りかけて、風丸は立ち止まった。
「今のは何だったんだ。どうしてお前が狙われる?」
「それは俺が訊きたいね。他チームのサポーターの嫌がらせに
したって、たちが悪い」
 すっと豪炎寺が目を細めた。
「お前、何か隠してるな」
 ごくりと、自分の喉が鳴るのが判った。平静を装い、訊き返
す。
「どうして、そう思う?」
「他チームのサポーターだなんて、思っていないだろう」
「そんなこと、判らないじゃないか。日本人じゃなかったし、
どこかのチームの熱狂的なファンで、試合前に嫌がらせをして
やろうと考えたのかも……」
「どうやって、練習場所を突き止めたんだ?各チームの練習場
所は、一般には公開されていないんだぞ。知っているのは、各
国の選手と関係者だけだ。そんなことくらい、お前だって知っ
ているだろう」
 しまった。風丸は己れの迂闊さを呪った。
 豪炎寺が、風丸の脇を通り、階段を降りながら言った。
「話せ。紅白戦の後でいい」
 溜息を吐き、風丸も後を追った。


                              (続く)



2010.9.9
この話は円風であって、豪風ではありません(笑)為念。